『テーマ館』 第28回テーマ「森/海」


森の妖精 投稿者:虹乃都・みどりのたぬき  投稿日:08月28日(土)19時34分20秒


    バスは木々の間をかき分けるようにアスファルト道路を進んでいた。
      道はようやくバス1台が通ることのできる幅しかない。対向車が来たら
      どうするのだろうと美弥子は考えていた。
      「お姉ちゃん」
       隣に座っている妹の美登里が袖を引っ張った。
      「何?」
      「クラスに友達できた?」
       母譲りのクリクリした目で美弥子を見上げている。
      「今日転校してきたばっかりだよ。すぐに友達になれるわけないって」
      「でも美登里はねぇ、らいちゃんに『友達になろう』って言われたんだ。
      隣の席は篠沢くんっていって、後ろは勉くんで……」
       美登里がえんえんと席の周囲の説明をするのを聞きながら、美弥子は
      バスの中に目を遣った。
       美弥子たちはバスの一番後ろの席に座っていた。自分たちの他には
      前から3番目の席におばあさんがいるだけだ。
      『次は、近森、ちかもりです。お降りの方は……』
       美弥子ははっとして降車ブザーを押した。
      「あ、お姉ちゃんずるーい! 帰りは美登里が押すって言ったのにー」
      「ごめんごめん。明日は行きも帰りも美登里が押して。さ、降りるよ」
       美弥子は横に積み上げられていたランドセルの1つを美登里に渡した。
                            *
       バス停から歩いて5分のところに美弥子と美登里の新しい家があった。
      「新しい家」といっても、「新しく住む家」であって、決して「新築の家」では
      ない。建てられて百年は経っているという古いわら葺きの木造家屋だ。
      「ただいまぁー」
       2人は声を揃えて言った。しかし、返事はしない。母は美登里が生まれて
      すぐに亡くなっているし、民俗学者の父はたいてい2人が寝てからの帰宅だ。
      「おかえりー」
       2人はお互いに向かって言い、美弥子が鍵を開けた。広い玄関を入って
      すぐのところに囲炉裏がある。だが、奥に最近改装したばかりらしき現代的な
      台所があるので、ここの鉄鍋は今のところ使われたことがない。その鍋の
      上の木蓋に、1枚の紙が置いてあった。
      「おやつは戸棚に紅白まんじゅうの残りがある。夕食は冷蔵庫に入ってるから
      レンジで温めて食べなさい」
       美弥子が父の声音を真似しながら読み上げると、美登里はランドセルを
      放り投げながら言った。
      「えー、また紅白まんじゅう!? もう飽きたよー」
      「いらないの? じゃあお姉ちゃんが食べてあげる」
      「いるよぅ!」
      「じゃあ、基地で食べよう。ほら、カバンはちゃんと部屋にしまって!」
       仕事で忙しい父の代わりに、美弥子は母の役割を受け持っていた。
      そのため自然としっかり者になってしまったのである。
                            *
       2人はまんじゅうと水筒を持って家の裏の森に足を踏み入れた。
       樹木や草が歩く場所もないほど密生していて、むせるほどに緑のにおいが
      している。遠くで鳥が鳴いているのがかすかに聞こえる。以前美弥子や
      美登里が住んでいた町では聞いたことのない鳴き声なので、どういう名前の
      鳥なのかは分からない。樹木の幹は苔でびっしりと覆われ、枝が絡み合って
      空を覆い尽くしていた。その葉と葉の合間を縫って太陽の光がわずかに差し
      込んでくる。
       2人は昨日自分たちが踏み歩いて作った道を進んで行く。しばらくすると、
      ようやく「基地」が見えてきた。
       「基地」は昨日2人が探検に来た時に見つけたものである。森の中のそこ
      だけ大きな木や草が生えておらず、背丈の低い雑草だけがびっしり生えて
      いる小さな広場だった。真ん中に大きな切り株が1つと、そのそばに、ベンチ
      に最適な倒木がある。
       美登里は嬉々として先頭を歩いていて、「基地」が見えるやいなや駆け込もう
      としたが、美弥子は慌てて美登里の肩を押さえて止めた。
      「どうしたんだよー」
      「しっ。あれ見て」
       美弥子は切り株を指した。切り株の隅に、手のひらぐらいの大きさの小さな
      人形がこちらに背を向けて座っている。いや、人形ではない。体を左右に振って
      いる。生き物だ。小さな人間の形をしている。腰までの髪も体も透けるような
      淡い赤紫色で、背中にほんのり青みがかった羽根が付いていた。
      「ねえ、あれ妖精?」
       美登里の声に、妖精さんは振り向いた。顔も淡い赤紫色だ。美弥子と美登里は、
      「こんにちは」
       と声を掛けた。妖精は黙ってぺこりと頭を下げた。
       美弥子は美登里の手をとり、1歩1歩妖精さんに近付いていった。倒木にまで
      近づいても、妖精さんは何も言わず、かといって逃げもしなかった。美弥子と
      美登里はそっと倒木に腰掛けた。
       美弥子は紅いまんじゅうを小さくちぎって、妖精さんに手渡した。
      「私は海野美弥子。こっちは妹の美登里。あなたは?」
       妖精は美弥子の質問に答えようとする気配もなく、まんじゅうのかけらを
      見つめていた。
       しばらくして、ようやく第1声を発した。澄んだ高音の、今にも消え入りそうな
      声だった。
      「フクロウさんがひどい傷を負ってしまったの……」
      「ええっ!」
      「大変! すぐに手当てしなきゃあ! どこにいるの?」
       妖精さんはまんじゅうをもったまま宙に浮かび、森の奥へ飛んで行ってしまった。
       美弥子と美登里は妖精の飛んで行った方向を探してみたが、いくら進んでも
      妖精さんの姿もフクロウさんの姿もなかった。
       辺りが薄暗くなったので、2人はしぶしぶ家へ戻った。
                           *
      その夜遅くにふたりの父は帰ってきた。
      ぼさぼさの頭に伸びた鬚、洗い晒しのシャツにズボンという姿の父は民俗学者
      というより少しこぎれいな浮浪者といった感じだ。
      美弥子と美登里は帰ってきた父親に森で妖精に会ったことを話した。
      「そうか。あの森には妖精がいるのか‥」
      父はふたりの話を聞くとそう呟いた。
      「妖精って本当にいるんだ」
      美登里が感心したように言う。
      「妖精ってどんなところに住んでいるの?」
      美弥子は父譲りの思慮深い目で父親に聞く。
      「昔はどこの森にも住んでいたんだ。だけど環境破壊や人間の心の移り変わりで
      もうあまりいなくなってしまったんだよ」
      父はそれだけ言うと今日1日で集めてきた資料に目を通しはじめた。
      「お休みなさい」
      父に挨拶するとふたりは子供へやに行く。
      周囲は虫の声以外は何の音もしなかった。
      子供部屋には蚊帳が張ってあり、その中に布団がふた組ひいてある。
      ふたりは蚊帳の中に入ると布団の中にもぐりこんだ。
      古い木造家屋の小さな部屋には蚊取り線香の匂いが漂っている。
      「あの妖精さん、フクロウさんが怪我したとか言ってたけど」
      美弥子が心配そうに言う。
      「明日も基地へ行こうか」
      暗がりの中、姉の方を向いた美登里が答える。
      「うん、じゃあ学校が終わったら基地へ行こうね」
      美弥子が賛成した。
      「お休み」「お休みなさーい」
      ふたりはお互い挨拶すると眠りに落ちる。
      その夜ふたりは森で見た淡い赤紫色の小さな妖精さんの夢を見た。
                            *
      「美弥子ちゃん、今日うちに遊びにこない?」
      次の日、昼休みに次の授業の準備をしている美弥子に突然クラスの生徒が
      話しかけてきた。
      まだ友達ができない美弥子だが、それがクラスメートの山中文子だということは
      知っていた。
      山中文子はクラスの中では特別目立つ存在ではない。
      おとなしいがシンは強く、しっかりしているという生徒だ。美弥子とは似た感じの
      生徒である。
      初めて会った時から友達になりたいと美弥子の方でも思っていた。
      しかし今日は基地へ行くという約束があることを思いだす。
      「今日は少し、予定が。でも、そうだ!文子ちゃんうちへ遊びにこない?」
      突然ひらめいたその考えに美弥子は少し大声になりながら文子に聞いた。
      「え‥ええ。それでもいいけど」
      美弥子の興奮をいぶかしげに見ながら文子が承諾する。
      「よかった。今日は森へ妖精に会いに行くの」
      文子と友達になれそうで、嬉しい気持ちの美弥子が答える。
      「妖精?」
      美弥子の言葉に文子は目を丸くした。
                            *
      「ねえ、妖精って信じる?」
      同じく昼休み。美登里は隣の席の篠沢一郎に話しかけていた。篠沢君はクラス一の
      優等生なのだから知らないことはないだろうというのが美登里の考えだった。
      篠沢君は美登里がとても読めないだろう本を読んでいた。だけど美登里の質問には
      親切に答えてくれた。
      「妖精?いるのかもしれないね。どんな妖精なの?」
      美登里は昨日見た妖精のことを話した。今日姉とふたり妖精さんに会いに行くつもり
      だということも。
      「そうか。会えるといいね。でも妖精にはたちの悪いのもいるらしいから気をつけて」
      「たちが悪い?」
      美登里はクリクリした目を尚、丸くする。
      「コテングリーの妖精っていってね、いたずら好きのもいるらしいよ。前に本で読ん
      だけど」
      「篠沢くんって物知りなんだー」
      美登里が感心する。篠沢一郎は頭がいいだけでなく、クラスの委員長だった。妖精
      さんの話にかこつけて篠沢君と話せて嬉しい美登里である。
      「聞いた、聞いた。妖精?私も行く、行く」
      驚いた美登里が振り向くと同じくクラスメイトの羽森里実が笑っていた。
      羽森里実はクラスの人気者だ。頭がよくて明るく、場を盛り上げることに対しては
      右に出るものはいない。
      「私も見てみたいぞ、妖精!」
      羽森里実はそう宣言した。
                           *
      放課後、当初の人数の倍に増えた「妖精さんに会いにいく」一行はバスから降りた。
                           *
      美弥子と美登里、そして後から増えたのが文子と里実だ。
      バスから降りるとふたりの家へと向かう。
      「ただいま」「おじゃまします」「どうも」
      今日は帰りの挨拶も様々だった。
      鍵を開けて家へ入ると美弥子は囲炉裏の鍋の上に置き手紙を見つけた。
      「おやつは戸棚の中。夕食は冷蔵庫に入れてある。妖精によろしくと言ってくれ」
      昨日と変わらない内容にも関わらず、美弥子はくすりと笑った。
      戸棚からおやつを出すと今日は落雁だった。
      「非常食という感じね」
      昨日から甘いおやつばかりだが、森へ妖精さんを探しに行くという今日の冒険には
      ぴったりだと思う。
      「じゃあ、行こうか」
      この家に友達が遊びに来て、はしゃぎ気味の美弥子が言った。
                           *
      「ここで見たの?」
      「基地」に着くと里実が聞いた。
      森の中、ジージーと鳴く蝉の声がまだ残暑が続くことを告げている。
      今日は切り株の上には何もいなかった。がっかりした一行はおのおの切り株や
      倒木の上に座った。
      「見てみたかったなー」
      里実が繰り返す。
      文子の方は何も言わず黙っていたが同じ気持ちだろう。
      美弥子と美登里も妖精さんには会えないのかと残念だった。
      もう少し他のところを探そうといって立ち上がったとき、森の中からなにかが
      やってきた。
      「こんにちは」
      森の中から現れたのは夕日のような毛並みを持つ一匹のきつねさんだった。
      皆に挨拶した後、側にやってくる。
      「昨日は失礼しました。オキナさんの怪我がよくなったのでみんなに会いたい
      そうです」
      そう言って森の奥へ案内するそぶりを見せる。
      「オキナさん?誰のことだろう」
      美登里がそう言って考え込む。
      「昨日言っていたフクロウさんのことかしら」
      美弥子がフクロウさんがひどい傷をおってしまったといっていた妖精さんの
      言葉を思いだす。
      「よくわからないけど行ってみようか」
      里実が言うと文子も頷いた。
      4人はきつねさんについて森の奥へと入った。
      森の中をしばらく進むとやはり「基地」のように木が生えてなくて広場になって
      いるところに着いた。
      広さは「基地」とはそう違わないだろう。
      しかし、広場全体に立ち込める雰囲気が違っていた。
                           *
       やわらかい空気が4人の頬を撫でる。辺りには甘い花の香りやすっきりとした
      ミントのような匂いに包まれている。広場の中央には美弥子の背丈よりも大きな
      岩があり、その上に焦茶色のフクロウさんが立っていた。右羽根には葉が所狭し
      と貼りつけてあり、その隣に昨日会った妖精さんが座っていた。
      「うわー、本物の妖精だ。すげー」
       里実は思わず言った。
       4人が広場中央へと歩いていく。彼女たちが踏んで押し潰されたはずの草が、
      通った後元通りになっていく。きつねさんに手招きされ、それぞれ小さな岩に
      腰掛ける。
      「昨日は薬をありがとう」
       フクロウさんが一言一言をかみしめるようにゆっくりと言った。
      「薬なんてあげてないよねぇ、私たち」
       美弥子と美登里は顔を見合わせた。すると、妖精さんがフクロウさんの右羽根に
      貼りつけてある葉の1枚をめくった。ピンク色の粗い粉のようなものが塗られていた。
      「それ、紅白まんじゅう?」
      「紅白まんじゅうって、薬になるの?」
      「ええ。ガマの穂と同じぐらい血を吸ってくれたわ。この辺りにはガマの穂が生えて
      いないようだから、困っていたのよ」
       きつねさんが説明した。
      「おかげで早く飛べるようになれそうだ」
       フクロウさんはパタパタと羽根を動かした。すぐに「痛たたたっ……」と右羽根を
      下ろす。
      「駄目よ。まだ治っていないんだから」
       妖精さんは傷口を優しくさすり始めた。
      「どうして怪我したんですか?」
       美弥子が尋ねたその時、上空から何かが飛んできた。そして広場に着地する。
      赤い足に青い体の鳩らしい。
      「オキナの旦那、ただいまカエル……もとい、帰りやした」
       独特の言い回しでそう告げた。
      「おやおや、新入りでござんすな。拙者はポッポでござる。ポッポといっても汽車
      ではなく豆の好きな鳩のことでござるぞ。どうぞお見知りおきを」
       ポッポさんがうやうやしく羽根を振り上げながら自己紹介をした。
       それに続いてお互いに紹介し合うことになった。
                           *
      「そう、妖精さんとオキナさんときつねさんとポッポさんは一緒に住んでいるんだ」
      きつねさんから森の仲間について聞いた美弥子はウトウトしだしたオキナさんの
      穏やかな顔を見ながら、そう答えた。
      フクロウさんは「オキナ」という名前だった。
      昨日、他の森にある「言葉の木」の上を通りがかったところ、その葉っぱで怪我を
      してしまったらしい。
      そのために「言葉の木」や周囲に危険なものがないこの森に越してきたばかり
      だそうだ。
      きつねさんポッポさんは妖精さんと一緒に暮らす仲間だった。
      事情を聞いている間もきつねさんは何くれとなくオキナさんの面倒をみている。
      働きものらしい。
      鳩のポッポさんの方は里実とギャグを言い合っていた。
      里実のギャグのセンスはかなりのものだ。それと対等に言い合えるとは相当、
      口の回る鳩らしい。
      「それでしばらくこの森にいることになったんですよ」
      きつねさんは心配そうに眠っているオキナさんの顔を見ている妖精さんの方を見て
      言った。
      妖精さんは4人が来てからもずっと黙ったままだ。
      「じゃあ、ここに来れば会えるの?」
      美登里が目を輝かせて聞く。
      「ええ、みんな遊びに来てくれるの?」
      きつねさんが皆の顔を見る。
      妖精さんは黙ったままだが、その青みがかった羽が少し輝いたように見えた。
      「勿論、嬉しい。友達ができて」
      美弥子は皆の顔を見渡しながら答えた。
      文子も里実も笑っている。
      今日は人間の友達が増えただけでなく、森の仲間と友達になれたのだ。
                            *
      「オキナさん。また飛べるようになってよかったね」
      次の日、美弥子たちはまた学校帰りに森に来ていた。ただし里実はこの中に
      いない。昨日はたまたま休みだったようだが、里実の放課後は塾や習い事で
      ほとんどうまっているらしい。
      「基地」まで来た3人をきつねさんが迎えに来てくれた。
      広場にいた妖精さんは3人の姿を見ると青い羽をいっそう輝かせて出迎えた。
      文子はそんな妖精さんを眩しそうに見ている。
      他の2人も同様の気持ちだった。
      オキナさんはもうすっかりよくなったらしく森の上空を飛んでいる。
      美弥子たちの姿を認めると羽をバサバサさせながら降りてきた。
      「お世話になったね。ありがとう」
      オキナさんは3人の顔を見ると嬉しそうに笑った。
      「オキナさんがね。今度のお礼に皆さんにおもしろいお話をしたいって」
      オキナさんの顔を見ながらきつねさんが言う。
      「おもしろい話?」
       里実が来ていたら喜ぶだろうと思いつつ、美登里は問い返した。
      「ええ。オキナさん、おもしろい話をいっぱい知っているのよ」
      きつねさんはそう言って微笑んだ。
      その後、おもしろい話をいっぱい知っているというオキナさんは美弥子たちに
      いろいろな話をしてくれた。
      以前住んでいた森の生き物たちの話。川を上ってきたウナギから聞いたという、
      はるか南の海で起こった不思議な出来事。フクロウさんのおじいさんのおじい
      さんがどこかに埋めたという宝物の話など。
      オキナさんの話はとてもおもしろくて楽しかった。
      妖精さんはオキナさんが話している間もずっと黙ったままだった。
      嬉しそうに話をするオキナさんを見守っている。
      その日、辺りが薄暗くなるまでオキナさんの話は続いた。
      「明日も学校ね。みんなお友達はたくさんいるの?」
      帰ろうとする3人にきつねさんが聞いた。
      「友達?いっぱいいるよ」
      美登里が答える。
      「いるよね」
      美弥子と文子は互いに顔を見合わせた。
      この数日でいっぱい友達ができたのだ。
      しかし、それを聞いた妖精さんは何か考えている様子だった。
      「学校・・・」
      美弥子たちはそんな妖精さんや森の仲間に別れを告げると、明日また来ると
      約束して帰った。
                           *
       森の集まりは毎日のように開催された。里実は忙しくて行けなかったが、3人は
      足繁く森の広場へ通った。広場の仲間も全員が揃うことはなかったが、妖精さん
      だけはいつも必ず美弥子たちを待ち構えていた。広場ではオキナさんの昔話の
      他に、ポッポさんのギャグワンマンショーやきつねさんの生活の知恵話、妖精さんの
      ダンスが披露され、3人をとりこにした。そして翌日、美登里が里実や篠沢君に
      前日の森の様子を話して聞かせるのが日課になっていた。
       ある日、ポッポさんがぽつりと言った。
      「サトミどのとまたギャグ対決をしたいでござる」
      「今はバレエの発表会の前で毎日練習があるけど、それが終ったら来られるって」
       美登里は言った。
      「サトミ……会いたい」
       妖精さんは呟いた。
                           * 
      その次の日の昼休み、隣の席で本を読んでいる篠沢君に美登里は今日も妖精
      たちに会いに行くことを話した。
      「そう、楽しそうだね」
      篠沢君は答えた。
      「篠沢くんもこない?」
      どきどきしながらも美登里が誘う。
      「いや、僕は忙しいから今度にしとくよ」
      篠沢君は微笑みながらも美登里の誘いを断った。
      「そうかー。じゃ、また今度」
      残念、と思いながらも美登里が引き下がる。
      篠沢君はまた本を読みはじめた。
      そのとき突然、篠沢君の読んでいる本が宙に舞い上がった。
      「なんだ?これ?」
      篠沢君が驚く。
      「あれ、変だな。どうしたの?」
      教室に残っていた里実が篠沢君に聞いた。
      「どうしたって、急に本が飛んでいっちゃって」
      天井近くまで舞い上がったままの本を見ながら篠沢君が答える。
      常識では考えられない出来事にもかかわらず、あまり慌てた素振りは見せなかった。
      「そうか、もしかして、妖精さん?」
      美登里がそう言うと舞い上がった本が床に落ちた。
      淡い赤紫色の体に青い羽をもつ妖精の姿が教室の中に現れる。
      「ここが学校・・・」
      青い羽を羽ばたかせて宙に浮いたまま、妖精さんは呟いた。
      「妖精さん、久しぶりー」
      里実が嬉しそうに言うと妖精は青い羽を羽ばたかせて里実の傍に降りる。
      妖精さんも初めて来たのだろう学校に戸惑っているようだ。
      「でも悪戯は感心しないね」
      床に落ちた本を拾いながら篠沢君が言った。
      本は背表紙のところが少し痛んでいた。
      「ごめん、篠沢くん」
      何も言わない妖精さんの代わりに美登里が謝る。
      「別にいいよ。気にしないで」
      篠沢君はそう答えるとまた本を読みはじめる。
      「妖精さん。学校の中、案内したげる!」
      里実が妖精さんを誘う。
      本を読んでいる篠沢君の方をちらりと見た後、妖精さんは里実とともに教室の外へ
      出た。
      しかし妖精さんは元気がなかった。青い羽もなんだか輝きを失って見える。
      「篠沢君も一緒に行かない?」
      「いや、あと5分したら先生のところに行かないといけないんだ」
      「そう。……じゃあ私、行ってくる」
       美登里は里実たちの後を追った。
                           *
       だが里実たちがどこに行ったか分からず、なかなか追いつくことができなかった。
       しばらくして、ようやく里実の背中を見つける。
      「おーい、里実ちゃん!」
       小走りに進んでようやく里実に追いついた。だが妖精さんは一緒ではなかった。
      「妖精さんは?」
      「なんか急に走って行ったの! たぶん下の職員室の方へ行ったと思う」
      「行ってみよう!」
       2人は階段を一段飛ばしで駆け下りた。
                            *
       その頃、美弥子と文子が職員室の前を通っていると、
      「あ、妖精さん!」
       と文子が小声で前方を指差した。見るとそこには妖精さんがいて、美弥子たちより
      やや年下らしき男の子が本の山を抱えてまま立っていた。何やら話し合っているらし
      い。
       すると、妖精さんが急に男の子の本に飛びかかり、本を落としてしまった。
      「何するの、妖精さん!」
       美弥子が叫ぶと、妖精さんははっとして窓から逃げ出していった。出る直前に校長室
      前に置いてあった何かにぶつかったが、気にも留めずに飛び去った。
      「君、大丈夫?」
      「大丈夫」
       美弥子と文子が一緒に本を拾う。拾いながら、ちょうど男の子の名札が見えた。
       3年2組……美登里と同じクラスの子だ。そして「篠沢」と書いてある。
      「君、海野美登里知ってる? 私の妹なんだけど」
      「うん」
       「やっぱり」とつぶやいて篠沢君に不審そうな目で見られる。
      「篠沢君、さっき妖精さんと話してたよね。何話してたの?」
      「僕が『帰るの? また遊びにおいで』って言ったら、『こんなところにはもう来ら
      れない!』って言って、こうして本を落としたんだ」
       篠沢君は至って冷静に説明した。その時、
      「ああーっ! 私のバレリーナが!」
       と近くで声がした。里実である。里実は廊下に散乱した粘土を涙を流しながら拾い
      集めた。
      「どうしたの、里実ちゃん?」
       美弥子が尋ねたが、里実は肩を震わせながら黙っていた。
      「……これ、里実ちゃんの作品なんだって。お母さんをモデルにしたバレリーナで、
      この間県で金賞をもらったんだって。……それが、こんなになっちゃって……」
       美登里が代わりに説明する。
      「誰、こんなにしたの? 犯人絶対許さない! 篠沢君? 美弥子さん? 文子さん?」
       里実が顔を上げ、睨むように全員を見回した。
      「……コテングリーの妖精だよ」
       篠沢君が静かに言った。
                           *
       放課後、美弥子と美登里と文子の3人で森へ出掛けた。
       しかし森にいたのはポッポさんだけであった。
      「オキナの旦那とキツネどのは、3つ隣の山まで食糧調達に行ってるでござる。拙者
      もすぐに追いかけるつもりでござるぞ」
      「妖精さんは?」
       3人は声を揃えて言った。
      「サンバ……いや、散歩でござろう。ここの1週間の留守を任せているから、すぐに
      も戻ってくるでござろう。では、ばらさ!」
       ポッポさんはあっという間に上空に飛び立っていった。
       その後3人はしばらく待ってみたが、妖精さんは戻って来なかった。
       その後も毎日のようにこの場所にやってきたが、3日間、妖精さんの姿はなかっ
      た。
       もう森では蝉の声は聞こえず、秋の虫が鳴いている。
                            *
      「妖精さん、どこ行っちゃったのかなあー」
      森からの帰り道、美登里はしょんぼりと呟いた。
      今日も学校帰りにおやつのお饅頭を妖精さんと一緒に食べようと張り切って出かけた。
      だけど、やはり森の中に妖精さんはいなかったのだ。
      一緒に食べようと持っていったお饅頭が妙に重たく感じられる。
      「長い散歩だね。でもそろそろ戻ってくるよ」
      がっかりしている美登里を慰めようとして美弥子が答える。
      しかし文子はそんなふたりの会話を黙って聞いた後、ポツンと言った。
      「もしかしたら、もう戻ってこないかもよ」
      「えっ・・・」
      美弥子と美登里が驚いて文子の方を見た。
      「なぜ・・?」
      美弥子が文子に聞く。
      「この間、学校に来てからでしょう。妖精さんがいなくなったのは。学校に来て
      なにか嫌なことがあったのかも」
      「学校で?」
      美弥子と美登里が同時に答える。
      「ええ、例えばあの男の子よ。妖精さん、あの男の子の本を落としていたでしょう。
      あの男の子がなにか妖精さんに変なことを言ったのかもしれないわ」
      文子はそう言って考え込むしぐさをした。
      「2度も同じいたずらをするなんて。やっぱりあの男の子が何か言ったんじゃないか
      しら」
      文子が美弥子と美登里の顔を見る。
      「そんな子に見えなかったけど」
      当惑げに美弥子が答える。
      「篠沢君はそんなことしないー」
      美登里が叫ぶ。
      文子はそんなふたりには答えず、家に帰っていった。
      「もう妖精さんとは会えないかもね」
      その一言を残して。
      その日の夕方、美弥子と美登里はお饅頭を食べた。
      だけどふたりは、ちっとも甘くないように感じたのだった。
                           *
      「里実ちゃん。発表会昨日だったんでしょ。今日妖精さんに会いに行かない?」
      次の日の学校の帰り、美登里は帰り仕度をしている里実に話しかけた。
      「いや! 絶対に許さないんだから」
      校長室前での騒ぎを思いだしたのか里実がぷうっと顔を顰める。
      「妖精さん、ずっと森にいないんだ」
      美登里はあれからずっと妖精さんの姿が見えないことを話した。
      今日も姉たちと一緒に会いに行くつもりだと言うことも。
      「だから里実ちゃんも一緒にいこう!妖精さん里実ちゃんにも会いたいだろうし」
      美登里は懸命に里実を誘った。しかし里実は、
      「私の大事な作品を壊した上、謝りもしないんだよ。許せるわけない!」
       とますます怒りを激しくした。
                           *
      「妖精さーん、どこですかー」
      美弥子と美登里。文子の声が森に木霊する。
      今日は3人で森に来ていた。
      妖精さんの姿は相変わらず見えない。
      「やっぱり、いないわね」
      文子が呟く。
      美弥子は暗い気持ちになった。せっかくできた友達なのに、と。
      そんな姉たちを見て、美登里が泣きそうな顔になる。
      「妖精さーん、出てきてくださーい」
      ほとんど泣き声で叫ぶ。
      美登里の声が周囲の森にまた木霊した。
      その時。
      「ねえ、誰か、泣いてない?」
      文子が言った。
      「え・・・?あ、本当。なにか聞こえる・・・」
      美弥子もそう言った後で耳を澄ました。
      美登里も耳を澄ませる。
      虫の声の他に誰かの声が聞こえてきた。
                           *
      シクシク・・・・シクシク・・・・クスン・・・クスン・・
      ・・・泣き声のようだ。
      森の奥から聞こえてくる。
      3人は声の聞こえる方へ行ってみた。
      しばらく歩くと森の中の小さな広場が見えた。
      広場の片隅には小さな小川が流れている。
      小川の傍には切り株があった。
      その切り株の上には・・・
      「妖精さん!」「妖精さんだ!」
      3人が異音同句に叫ぶ。
      淡い赤紫色の体に青い羽。
      まさしく3人が探している妖精だった。
      切り株に腰掛けている。
      そして・・・妖精さんは泣いていた。
      零れた涙が真珠のように切り株のまわりに流れおちる。
      クスン・・・クスン・・・
      ・・・泣いている妖精に驚きつつも、3人が傍に行くと妖精さんは嗚咽はしばらくや
      んだ。
      顔は両手で覆ったままだ。
      「ごめんなさいって手紙を出したのに・・・お返事がこないの・・」
      そう言った後、またビーズの涙を流しはじめる。
      「どうしたの、妖精さん。わけを話して」
      美弥子がそんな妖精を宥めるように言う。
      「誰かに手紙を出したのに返事がこないのね」
      妖精さんの言わんとすることを察した文子が妖精さんに聞く。
      妖精さんはそうだと言うように微かに頷いた。
      「誰に手紙を出したの?あの男の子?」
      文子が尚も妖精さんに聞く。
      妖精さんは今度は答えずにまた泣き出した。
      クスン、クスン・・・
      切り株のまわりにビーズの涙がまた流れ落ちる。
                            *
      「あの男の子が返事を出さなかったから妖精さんは泣いているのね」
      文子が納得したように頷いた。
      「あの男の子って篠沢君のこと?篠沢君はそんなことしないよ!」
      美登里が主張した。美弥子も一度会っただけとはいえ、同じ考えだった。
      それに妖精さんはどうやって手紙を出したのだろう。
      「ねえ、妖精さん。泣いてるだけでは分からないから、私たちに話してくれない?」
       美弥子はハンカチを取り出して、妖精さんのビーズのように小さな涙を吸い取った。
      「篠沢君が学校で何か言ったんでしょ?」
       文子が尋ねると、妖精さんは、
      「違うの。……私が悪いの」
       とようやく話す気になったようだった。
       妖精さんは昔ある人間の家に住んでいたらしい。しかしその家に住む男の子が意地悪
      な子で、書斎の分厚い本を妖精さんに投げつけたりしたらしい。いたたまれなくなった
      妖精さんはこの森へ逃げてきたというのだ。
      「ひどい……」
       文子は言った。
      「それで本を持っていた篠沢君にあんなことをしたのね」
       美弥子は人指し指で妖精さんの頭をそっと撫でた。
      いたずらして悪かったと思った妖精さんはその前にもお詫びの手紙を書いたらしい。
      だけど篠沢くんからの返事の手紙は届かなかった。
      妖精さんは篠沢君が妖精さんのいたずらをまだ怒っているのだと思い、泣いていたの
      である。
      「きっと葉っぱの手紙は風で飛ばされてしまったのよ」
      美弥子は皆にそう説明した。
      「ねえ、妖精さん。もう一度手紙を書いてみたら?今度は私たちが届けて、返事も
      貰ってあげるから」
      美弥子はそう言って妖精さんを慰めた。
      妖精さんはそれでもしばらく泣いていたが、しばらくして顔をあげた。
      小さな顔の中の大きな目からまだ少しビーズの涙を流しつつも美弥子に聞く。
      「本当?約束してくれる?」
      不安げに聞いてくる。
      「ええ、絶対。約束するわ」
      美弥子はそう言って微笑んだ。
      妖精さんの青い羽がほんの少し輝いた。
       美登里はせっかくのその輝きをまた失わせるのは辛いと思った。だが思い切って
      言うことにした。
      「妖精さん。里実にも謝って欲しいの」
      「サトミに……?」
       美登里は作品が壊れた話をした。
      「サトミが怒ってる。こわい。サトミ好きなのに。どうしよう……」
       妖精さんはまた目に涙をためた。
      「大丈夫。ちゃんと手紙で謝ってごらん。絶対許してくれるから」
       美弥子は妖精さんに微笑みかけた。
                          *
      翌日、美登里は篠沢君と里実に妖精さんが葉っぱに書いたお詫びの手紙を届けた。
      「手紙をもらうのはこれがはじめてだよ。この間のこと? 別に気にしてないけど。
      返事は書くよ」
      篠沢君はそう言った後、美登里が持ってきた淡い紫の便せんに返事を書いてくれた。
       里実も美登里から妖精さんの昔の話も聞いて、
      「今日、森に行くよ」
       と答えた。
                          *
      篠沢君に書いてもらった手紙を大切にかかえると美弥子たち4人は森へ向かう。
      妖精さんは広場にいた。
      今日は泣いていない。
      「サトミ……」
       また泣き出しそうになる妖精さんを、里実はそっと手のひらに乗せた。
      「もう許してあげる。わざとやったわけではないし。私って才能あるから、金賞なんて
      またとれるだろうし」
      「ありがとう……」
       妖精さんは里実の顔を小さな手で抱きしめた。
      「それから、はい。返事。大丈夫、怒っていないって」
      美弥子は妖精さんに篠沢君の手紙を見せる。
      妖精さんはその手紙を食い入るように見ていた。
      「ねっ、怒ってないでしょ」
      美弥子が一緒に手紙を覗き込みながら妖精さんに言う。
      「本当・・あの、ありがとう」
      おずおずと妖精さんはお礼を言った。嬉しかったらしい。
      青い羽がほんのり輝いた。
      「じゃあ、一緒におやつを食べよう!」
      里実が鶯ボールを差し出す。
      妖精さんは嬉しそうにそれを受け取るとポリポリとかじりはじめた。
      美弥子に美登里、文子も一緒に食べはじめる。
      みんなで一緒に食べるおやつは甘く、とてもおいしかった。
                           *
      その後、帰ってきたオキナさんやきつねさん、ポッポさんとも遊んだあと、4人は
      仲良く帰った。
      帰り道、森では鈴虫の大合唱が始まり、秋の訪れを告げている。
                           *
      それから美弥子と美登里、文子はまた毎日のように森へ遊びに行った。
      里実も塾がない時は森へ通った。
      森の木の葉は赤や黄色になり、鮮やかな色彩を見せている。
      そんなある日。
      「ねえー、森の仲間と学校の友達の親睦を深めるように親睦会ってのを開いたら
      どうかなー」
      今日は塾がないため里実も森に来ていた。
      ポッポさんとの恒例のギャグ対決を終えた後、皆に提案する。
      森の仲間のことは皆、学校の友達にも話していた。
      しかし学校から遠いこともあって4人の他には森へ来た友達はまだいない。
      「そうね。この際、日にちを決めて来てもらった方がいいかも」
      文子が賛成する。
      美弥子も美登里も同じ気持ちだった。
      みんなで楽しく遊びたい。
      森の仲間たちもその意見に賛成してくれた。
      「じゃあ、まずオキナどのの話から始まって、拙者とサトミどののギャグ対決、妖精
      さんの踊り、おやつはキツネどのの作った草餅でござるな」
      ポッポさんもすっかり乗り気だ。
      オキナさん、きつねさんも微笑んでいる。
      妖精さんはその話を黙って聞いていた。
      美弥子がそんな妖精さんの体をそっと手のひらに乗せた。
      「大丈夫よ、妖精さん。私たちがいるでしょ」
      そう言って美弥子は妖精さんの小さな青い羽を撫でた。
      妖精さんは手のひらから飛び立つと美弥子の耳元でそっと呟いた。
      「ありがとう」と。
                          *
      「いよいよ、明日は親睦会だね」
      美弥子と美登里、文子の3人は今日も森へ向かっていた。
      待ちに待った親睦会がいよいよ明日に決まったので今日は準備に大忙しだ。
      里実は今日は塾のある日のため来ていない。
      「みんなによろしく言っといてー」
      美登里にそう言った後、塾へと向かった。
      明日は里実はポッポさんとのギャグ対決も披露する予定である。
      何度聞いても里実とポッポさんのギャグ対決はすごいと思う3人だった。
      3人は森の仲間たちがいる広場に着いた。
      「あれ・・・」
      美登里が驚いた声をあげる。
      明日、学校の仲間が来てから座る倒木を隣の森から運んでくるのだと、きつねさんと
      ポッポさんが言っていた。
      しかし、その倒木は1本も運ばれていないのだ。
      広場は妙にガランとしている。
      「今日はきっと忙しくてできなかったのよ」
      美弥子は美登里を慰めるようにそう言った。
      それに倒木がないなら、直接座ってもらってもいいしと美弥子が考えたとき。
      「みなさまがた、すまないでござる」
      広場の向こうからポッポさんの声がした。
      3人が声のする方を見る。
      なんとポッポさんは旅支度らしい荷物を背中に背負っていた。
      隣にやはり旅支度をしたきつねさんがいる。
      「実は急にまた旅に出ることになったのでござる。それにオキナどのが病気になって
      しまったのでござるよ」
      ポッポさんは驚く3人に事情を説明した。
      オキナさんには前から持病があったらしい。でも最近調子がいいため、森の仲間たち
      はすっかり安心していたそうだ。
      しかし昨夜、急に持病が悪化し、薬湯を飲まなければ危険な状態になった。
      とりあえず持っていた薬草を煎じて飲ませたらよくなったが、これからもいつ持病が
      出るかわからない。
      そのため薬湯を作る薬草が豊富にある癒しの森へ行くことが決まったそうだ。
      「本当にすまないでござる」
      ポッポさんは3人の顔を見ながら、すまなそうに言った。
      3人はこれから森の仲間に会えないのだとわかって泣きそうになった。
      「もう、帰ってこないの?」
      美登里が泣きながらポッポさんに聞く。
      美弥子も文子も泣き出しそうだった。
      「いや、オキナどのの病気がよくなれば、妖精さんは戻ってくるでござるよ」
      ポッポさんが答える。
      「妖精さんとオキナさんが?じゃあポッポさんときつねさんは?」
      帰ってきてもふたりだけ、というのを聞き咎めて美弥子が聞く。
      「それが私たちはオキナさんが以前にお世話になった方のところで働くことに決まっ
      たんですよ」
      今度はきつねさんが答える。
      きつねさんの話によれば、今度きつねさんたちが行くところの主人にオキナさんは以
      前、とても世話になったらしい。
      今度のポッポさんときつねさんの旅立ちはオキナさんの希望でもあるのだ。
      「こんなときに心配なんですが、妖精さんが『私がいるから大丈夫』というので、そ
      れに甘えようかと」
      きつねさんはそう言って首を傾げた。
                          *
      「妖精さん・・・」
      きつねさんたちに案内された3人はオキナさんの看病をしている妖精さんのところへ
      行った。
      妖精さんたちはいつもの広場ではなく、周囲にうっそうと木が茂った薄暗い場所に
      いた。
      陽の光がオキナさんの体に悪いのだそうだ。
      「きつねさんとポッポさんはご奉公に行くの。オキナさんは私がついているから
      大丈夫」
      妖精さんはそう言って3人に別れを告げた。
      オキナさんは具合が悪いのか眠ったままだ。
      体の下には落ち葉がいっぱいに敷き詰めてある。
      その焦茶色の羽は元気なく垂れたままだった。
      「オキナさん、大丈夫なの?」
      文子が眠ったままのオキナさんを見て心配そうに言った。
      「ええ、癒しの森へ行って毎日、薬湯を飲んでいればきっとよくなるわ」
      妖精さんはそう言って、眠っているオキナさんの羽をやさしく撫でた。
      「いつか帰ってくる?」
      美登里が妖精さんに聞いた。美弥子も文子もそれが気になった。
      「ええ、オキナさんの具合がよくなったらきっと戻ってくるわ」
      妖精さんはそう約束した。
      「絶対戻って来て。また会おうね」
      3人が言う。
      「ええ、きっと」
      妖精さんはそう言って微笑んだ。青い羽がいっそう輝く。
      次の日の朝早く、森の仲間たちは旅立っていった。
      森の仲間たちとお別れするとあって里実も見送りに来ている。
      挨拶の後、妖精さんとオキナさんは癒しの森へ、きつねさんとポッポさんは東の森へ
      旅立って行った。
      「さようなら」「きっと帰ってきてね」
      4人はいつまでも手をふって見送った。
                          *
      「お姉ちゃーん。ちゃんと流れてるー?」
      美登里が小川の下流にいる美弥子に叫ぶ。
      美登里は森の中にある小川へ紙の乗った小さな笹舟を流していた。
      「大丈夫。流れているわよー」
      小川の下流の方にいる美弥子が答える。
      4人で遠くの森へ旅立った妖精さんとオキナさんに手紙を書いたのだ。
      遠くの森の小川まで無事流れつくかわからないが、手紙を笹舟に乗せて流している。
                          *
      美弥子は笹舟が無事流れていくか見張っているのである。
      もう冬が近いこともあって、小川の水は指が切れるように冷たかった。
      笹舟を全部流した後、美登里が美弥子のところへ走っていく。
      「妖精さんたちのいる森まで着くかなー」
      美登里が姉に聞く。がんばって沢山の笹舟を作り、手紙を流したのだ。
      「大丈夫。きっと着くよ」
      美弥子はやさしく妹の頭を撫でた。
      「さっ、帰るよ。今日は私が夕飯作るんだからね。美登里も手伝ってね」
      美弥子が帰るよう声をかけた。
      「うん、今日はなに作るの、お姉ちゃん?」
      夕方になってお腹がすいた美登里が聞く。
      「あのね、シチューよ」
      最近、父に代わって夕飯も作り始めた美弥子が答える。
      「わーい。シチュー大好き!」
      美登里がはしゃぐ。
      姉妹は仲良く手を繋いで帰った。
      森にはもうすぐこの冬一番の雪が降ろうとしている。
                         *
                         *
                         *
         妖精さんへの手紙
                         *
      ようせいさんへ
                         *
      オキナさんの病気はよくなりましたか。
      森はもうすぐ雪がふるそうです。
      まっしろになるのが楽しみです。
      雪がふったら、4人で雪あそびをする計画をたててます。
      ようせいさんともいっしょにあそびたいです。
      みんな、ようせいさんたちが森へかえってくる日を楽しみにしてます。
      さとみちゃんはこんどのコンクールにだすのだとようせいさんのぞうを作って
      います。ふみこさんはこんど、クラスのいいんちょうになったそうです。すごい
      でしょ。
      わたしとおねえちゃんはごはんのしたくがすこしできるようになったんだよ。
      ようせいさんがかえってきたら作ってあげるね。 (^O^)/
                               *
                         みどり