『テーマ館』 第24回テーマ「雪」


一瞬の風景 投稿者:松藤よしき   投稿日:01月15日(金)16時52分25秒

      雪は気温によってその形状を変える。それは私なんかよりも詳しい人が
      沢山いるだろう。私に分かるのは二種類だけ。暖かい日に降るボタン雪と
      寒い日に降る粉雪。
      これから話すのは、私が実際に体験した事。
      その日は、針のように細かい粉雪が、世界を支配していた。

      私のいる学校はその敷地の中に林を持っている。学部の建物から
      サークルの活動場となっている建物ヘ行くには、その林の間を
      抜けるくねくねとした道(車も通れるのだが)を抜けなければならなかった。
       周りに建物がないその空間は、人が活動する街中よりもさらに十度は気温が
      低くなる。そのうえ、用捨なく顔に降り掛かる粉雪が私の体温を奪い、
      私は首をすくめてその道を早足で歩いていた。
       口笛、人の気配が私の後ろから近付いてきた。かなり早い。
      振り返ると、案の定、その口笛の主は自転車に乗っていた。
      それも、ママチャリと呼ばれるごく普通の自転車だ。「がんばるなあ」と
      私は思った。
       街中ではごくたまに、マウンテンバイクを見かけるぐらいだが、
      学校の敷地内あるいは学校周辺では、真冬でも自転車に乗っている人を
      時々見かける。
      道路に積もった雪は凍って堅くなるので自転車に乗る事は不可能ではない。
      端から端まで歩いてニ〜三十分はかかるこの学校の敷地内で、
      冬でも自転車を手放せない人は、多くはないが全くいない訳でもなかった。
      ただ、雪が降っている中で自転車に乗ると、風の無い日でも彼の周りだけ
      吹雪になる。
      この日は。何度も繰り返すようだが、「針のような」粉雪が降っていた。
      顔に当たると結構痛い。その中を『彼』は自転車に乗っていた。

       流石に私に遠慮したらしく、私に近付くとその自転車の彼は口笛を止めた。
      すれ違う瞬間、明るくはない街灯の光で私はその人を観察した。
      レストレイド警部、あるいは次元大介のかぶっているような黒い帽子。
      黒っぽい外套。白っぽい色のマフラーを首から、前の所で外套の下に
      入れている(北国のお約束)。彫は深く、私達学生よりも少し歳は
      上のようだった。真直ぐ前を向いている。
       私の側を通り過ぎると、その人は再び口笛を吹き始めた。その音は
      朗々と雪の中を響き、街灯を反射してキラキラ光る雪の間を埋めた。
      周りが静かだったからでは無い、絶対顔なんか冷たくて痛いはずなのに
      その口笛はプロの奏でるフルートのように豊かにメロディーを奏でた。

      その人は、白くて暗い闇の中に姿を消した。
      けれど同じ道の後を歩く私の所へ、しばらくその口笛は届いていた。
      いつの間にか私は丸めていた背を伸ばし、雪の中をゆっくりと歩いていた。
      今見た風景を、できるだけ心に残せるように、雪の針で刻みながら。