『テーマ館』 第24回テーマ「雪」


願い 投稿者:NORA   投稿日:02月10日(水)00時36分26秒

       熱いなぁと思う。
       熱くて厭になる。
       薄明るい該当の下、闇色の空からは雪が降っているというのに。
       熱くて。
       鳩尾のあたりから起こる火のような熱さが、全身を支配する。
       逃げ延びたのだろうか、あいつは。
       他人より、ほんの少しだけ小心者のあいつ。
       あいつをあそこまで追いつめたのは、俺だったのかも知れない。
       きっと俺だったのだろう。
       泣いていた。涙をポロポロ流して。赤い血の滴るナイフを、握りしめたままで。
      「熱いよなぁ」
       俺は腹を押さえて、冷たいアスファルトに転がった。
       血は止めどなく流れ続けている。


       たったの百万ぽっちだ。
       割に合わないと思う。
       人生を捨てて、命をかけて、銀行を襲った結果が百万という金額だった。
       借金だってろくに返せやしない。
       海外へ逃げて、逃げ延びて―――それだって独りがやっとだろう。
       どちらかがいなくなってしまえば・・・少なくとも独りなら、海外へ逃げて
      生活がやり直せるかも知れない。
       俺は考え、あいつもまた同じ事を思ったのだ。
       だから刺した。
       震える手で、泣きながら、俺にナイフを突き立てた。


       きっと自業自得だったんだ。
       俺は雪の舞い落ちる空を仰ぎ見る。
       あいつを追いつめたのは俺だ。だからこれは自業自得だ。
       小心者のあいつに夢を見せた。人並みの生活がおくれるという、ちっぽけな、
      けれど最高の夢を。
       あいつは夢を見、俺はあいつを無理矢理闇の道へ引きずり込んだ。
       俺は真っ赤に濡れた手を、目の前にかざす。
      ―――だからこれは、天罰なのだ。
       お前が哀しむことはない。お前はもう充分に苦しんでいるだろう?
       だから逃げ延びろ。逃げ延びて幸せになれ。
       罪悪感とともに俺のことを思い出すなら、そしてお前が裏切られた俺を
      哀れに思って泣いてくれるなら―――俺は、もうそれだけでいいから。
       アスファルトに雪が降り積もる。
       もっともっと降ればいい。
       俺の躰を覆い隠して、俺の血を白く染め上げて、どうかあいつが逃げ切れるように・・・。
       白く全てを覆い尽くせるように―――。


       そして訪れる、白銀の世界。


                                      −了−