『テーマ館』 第24回テーマ「雪」


デュンテ(変わらぬもの) 投稿者:松藤   投稿日:02月10日(水)12時21分24秒

      「あ”」
       店から出て,私とルイスは立ちすくんだ.ビルとビルの谷間の道に
      青白い川が出来ていた.深さは膝まであろうかという雪の川.私達が
      店の中にいたたった二時間の間に,だ.レンタカーを駐車してある
      駐車場まで,私達はこの幅が5メートル程の雪の川を渡らねばならなかった.
      「降ってるなとは思っていたけど.」
      私の横でルイスが溜め息をつく.そしておもむろに雪の中へ
      第一歩を踏み出した.私達の前に店を出た人が付けたと思われる
      足跡らしき窪みの上へ.私も彼の後に続こうとして,一歩目まで
      雪の中に乗り出して諦めた.その足跡は多分,大人の男の人が
      付けたのだろう.歩幅が広く,次の一歩まで私の短いコンパスでは
      届きそうになかった.

       まず,足下を踏み固める.それから,右足で左前方を半歩,
      次に同じ右足で右前方を半歩.そしてまん中に一歩.今度は
      左足で半歩,半歩,一歩.左,右,まん中.右,左,まん中・・・
      「何やっているんだ?ヘレン.」
      先を進んでいたルイスが振り返って私に尋ねる.
      「道,作ってんの.」
      私は答えた.
      「そんなのんびりしていないで・・・」
      ごおっという音がして車が私達の頭上を通り過ぎた.
      風が雪を巻き上げ,私達は半身,雪だらけになる.
      「ほら,さっさとおいで.」
       苦笑しながらルイスは言って,次の一歩を踏み出した.
      「あ・・・」
      私はくすくすと笑い声をあげた.どうやら彼は雪に捕まったらしい.
      「動かないで待ってて.今,そっちへ行くから.」
       ルイスは私の方を向いて,頬を膨らませた.

      「私が子供の時,6歳ぐらいの頃かな.子供の私の背丈ぐらい
      雪が積もった事があるの.長靴履いて,スノーウエアにカッパズボン着て,
      雪の中で遊んだな.で,その時最初にするのが道を作る事なの.
      こうやって少しずつ踏み固めて,獣道を作る.それから,寝転がったり
      雪を丸く固めたりして遊ぶの.」
       半歩,半歩,一歩.ゆっくりと確実に進みながら,私は話した.
      私が思い出話をするとき,多少の矛盾点があっても,ルイスは相づち以上の
      言葉は話さない.記憶を無くした私が,その大切なものを取り戻そう
      としている,その邪魔をしないために.今も,私は生まれてから
      10才ぐらいまでコロニーで暮らしていて,雪が積もる環境にはいなかった
      事を知っていながら,ルイスはそのことを指摘しなかった.
      「でもさ,せっかく作った道でも,その上でジャンプしたり走ったり
      すると,穴が空いてしまうの.そしたら,また,その辺りだけ
      踏み固め直ししなければならないの.さあ,着いた.捕まって.」
       ルイスは私の肩に手を置き,雪の中から私の作った道の上へ這い上がった.

       半歩,半歩,一歩.・・・私達はゆっくりと進む.
      「デュンテ」
      「え?」
       私は立ち止まり,ルイスを振り返った.
      「何故,止まるんだい?」
      「だって,行くな(ディーノット)って,言わなかった?」
      「違うよ.」
      笑って,ルイスは前に進むよう手で私に示した.
      「デュンテはディー・ノット・チェン,変わらぬものという意味の
      宇宙公用語のことさ.公用語の元となった英語の中で,長い歴史を越えて
      綴りも撥音もその意味も変わらなかった単語が6つある.覚えているかい?」
      「ん〜と,apple、land、snake、sing・・・.
      あと,何だった?」
      「fidelity,それからsnow.」
      「スノウ?」
      「雪の事だよ.」
      「それで,デュンテ.」
       私達は建物の屋根の下に降り立ち,身体に付いた雪を払った.
      「この星で,空中車が多くて地上車が少ない理由が分かった様な
      気がするよ.」
       振り返って,ルイスが言った.私は頷いた.
      「いきなりこれだけ積もられてしまったら,動き用がないもんね.」

      「変わらぬもの,か.」
       時には交通機関を麻痺させ,時には大切な機械を止めてしまう
      厄介ものだが,何故か,雪のある風景は私に安らぎをくれた.
      (〜だから,私はデュンテと呼ばれていた)
      何故?誰に?何時?分からないけど,そう呼ばれていたらしい.
      私の記憶のジグゾーパズルの欠片が,一辺だけ私に繋がった.