『テーマ館』 第21回テーマ「テスト」



 「試されるべき者」   by なぎぃ


      男は高層ビルの屋上の端っこでふるえていた。後半歩踏み出せばそこは空虚、
      再び陸に足が着くのはあと50M程落ちなければならない状態だった。
      「ほら、早くしろ」
      その後ろで、もう一人の男がたばこをくゆらせながらそういった。ふるえてい
      る男より羽振りがいい、年齢的からしても、ふるえる男の上司らしかった。
      「し、しかし!」
      「仕方ないだろう、上司命令だ。俺にだって上司はいるんだよ」
      「そ、そんな!いくら上司だって、そんなことまで決めて……」
      「お前がそういうことを言われる相当のことをしたんだろう、絶対に知られたく
      ない何かを……」
      「だからって、自殺しろなんて!」
      「お前の口止めをするには金がかかる、自殺させれば金はかからない、遺書を書
      かしてうまく行けばクライアントも増える。どちらを選ぶかと言ったら………も
      う、分かったろう?」
      「…………」
      部下は覚悟を決めたようだった。上司は潔いな、と部下に激励の言葉を贈り、そ
      して言った。
      「言いたいことがあるんだったらいっとけよ。どうせ死ぬんだ、自分が知ってる
      何でもいい、秘密をぶちまけてやれ」
      部下は上司の方を見ると一つうなずき、もう一度空虚の方に向き直る。
      部下は自分の知っているありったけの『秘密』を大きな声で喚いた。もっとも、
      いくら喚いても下にいる一般人には聞こえるはずもないが。
      「では専務」
      部下は晴れ晴れとした涙目で上司を見る。上司は黙って頷いた。
      「………さよなら」
      笑顔が屋上の床に遮られる。

      ぼすっ。
      「………おい、大丈夫か、おい」
      上司は屋上の壁にある安全マットの中に埋もれた部下に話しかけた。部下は気
      絶しているらしく、返事はない。
      「………気絶しちまったか。仕方ない」
      上司は舌打ちをすると、手に持っていたメモ用紙をもう一度見直した。
      「こいつなんかいろいろ知ってたな……部下と部長と……おいおい、副社長の
      秘密まで知ってたのかよアブねーな」
      ぶつぶつと呟きながら上司は屋上のドアを閉めた。部下一人が取り残される。

      テストは終わったのだった。


(投稿日:08月02日(日)14時51分30秒)