『テーマ館』 第21回テーマ「テスト」
「ソファの上の或る一幕」 by MoonCat
ソファの上に膝を抱えた彼女は、信じられない思いでカーペットに転がった物体を
凝視していた。脇腹を横にしてそこに転がっているものは、赤い傷口を上にしてそ
の犯行がどれほど残虐なものであったかを雄弁に物語っている。
「どうしてこんな……」
青ざめた表情で彼女は呟くと、傍らに座るこの無残な光景を作り出した張本人に視
線を向けた。
彼は命の消えた物体には何の興味も示さず、済ました顔で鎮座ましましている。
凶行に及んだ時彼の体にはねた血は、既に全てきれいに拭い去られていた。
何事も起こらなかったような顔をして、床の上に放り出されたままの死体の事はき
れいさっぱり忘れている様であった。
しかしいつまでも命の火の消えてしまったそれを床の上に放り出しておくわけにも
いかない。
哀願するような目で彼女は彼の緑色のそれを覗き込んだ。
<お願い……私にはできないわ>
しかし彼が無表情にそんな彼女の瞳に見入ったのもつかの間、あらぬ方向を向くと
虚空を見つめ始めた。
<俺の知った事か。奴はもう死んだ。俺には何の興味もない>
彼の背中がそう言ってでもいるかのように彼女には思えた。
<でも、私には出来ないわ……死体の後片付けなんて>
もう一人の彼女がそれに応じる。
<何を言っているの。ぐずぐずせずにやるのよ>
<だって―――>
<だっても何もないわ。あなたはこれから彼と共に暮らすんでしょう?>
<そうよ、でもこんな事まで…>
<このぐらいの事件は起こりえると想像しなかったとは言わせないわよ。それを承
知であなたは彼を迎え入れたんでしょう>
<……>
<さあ、始末なさい。これは一つのテストよ。あなたがこれから彼と暮らしていけ
るか否かの>
<でも>
<さあ!>
彼女は息を呑み込むと、改めて床に転がったそれを見つめた。
決心をしたのは良いが、それでもまだ手が震えた。
<さあ!!>
もう一人の彼女が急き立てた。
「そうね。こんな事ぐらいで負けてちゃ猫は飼えないわ」
彼女は自分を励ます様にそう呟くと、震える手でティッシュを何枚か抜き出して、
床に転がる頭を半分かじられた茶色の野ネズミの死体を拾った。
猫は相変わらず素知らぬ顔で、次の獲物の事を想像している。
(投稿日:08月11日(火)08時07分05秒)