『テーマ館』 第22回テーマ「振り向けば」
「うみのけしき」 by の
雨が降っている。思い出したように吹き付ける風といっしょに、
うめくような音をたてて波が寄せて来る。重く垂れ込めた空は、灰
色の陰鬱な海に溶け込んで境目もわからない。
あの日もこんな景色だったのだろうか。ここへ来た日も。わから
ない。そもそも何故ここに来たのか、それすらわからなくなってし
まった。私の記憶は、私にわかるのは、言い知れぬ深い寂しさとで
もいうようなものでしかない。しかし、もうどうでいいことだ。私
の記憶は、この場所に近づく人間にこそ意味があるのだから。
ほら、また来た。もし、振り向くことが出来たなら、どんな顔が
見えるだろうか。物好きなカメラマンか。道に迷ったアベック。そ
れとも・・・。とはいえ、私は振り返ることなんて出来はしない。
あまりにも強くこの場所に固定されているから。それに、そんな必
要はない。いずれ、わかることだし。ああ、そうだ。私の記憶を強
くたどるこの感じは、間違いない。よく来たね、君。
君は、ここへ、この場所へ自分の意志で来たのかい。それとも、
まだ迷っているの。まあ、いずれにせよ、私の思念を覗き込んだか
らは、遅かれ早かれ、君のすることは決まっている。
ほら、ここにおいで。そして、このがけからあしをふみだそう。
さあ、いそいで。ああ、いいこだ。わたしのなかにとけこんで、い
っしょにこのゆううつなうみのけしきをみつづけよう。
エイエンニ。
(投稿日:09月13日(日)06時58分07秒)