『テーマ館』 第22回テーマ「振り向けば」



 「振り向けば未来」   by NORA


       なにから逃げているのだろう。
       なにがしたくて、どこへ辿り着こうとするのかさえわからないまま、
      ただ歩き続ける。
       騒々しい街は他人の顔をして僕を突き放す。
       逃げているのだ。
       行きたかった場所も、やりたかったことも忘れたフリをして。
       ほんの僅か残った情熱も、今は暗い海の底に似た心の奥に、
      押し込まれてしまっている。
       だから僕の両手には、大きな喪失感と虚しいまでの虚脱感のみが
      ぶら下がっているのだ。
       僕はそれらを握りしめて、凍えるような寒さごとポケットに突っ込んだ。
      だが寒さはいや増すばかりで、僕は肩を丸め気味にして喧噪の中を
      ふらついている。
       たどり着けるハズの場所はもう・・・。


       喧噪の中を駆け抜けようとする少年がいる。
       上手く人波を避けながら、こちらを目指して駆けてくる。
       僕はその場に立ち止まった。
       ふいに周りの音が消え失せる。
       少年が僕の横を駆け抜けた瞬間、人の波も消えていた。
       僕はとっさに振り向いていた。
       人のいない、音のない街で振り向いた僕は少年を見た。
       他には誰もいない。少年だけが鮮やかな印象を持ち、そこにいる。
       立ち止まり、幼い瞳が振り向いた。
       少年のあどけない表情に、僕は息を飲んだ。
       ああ、そうか、彼は・・・。
       あれは僕だ。
       幼い瞳、諦めを知らぬ力強い光。
       責めるでなく、嘲笑うわけでもなく、幼い瞳はただ静かに僕を見つめている。


       現実が辛かった。
       夢や希望は泥臭く汚れきっていた。
       心の底から笑うことなどあるわけもなく、渇いた笑いを無理矢理口にのせる日々。
       自分が疲れているのか、そうでないのかすらわからない。
       眠れないのだから、きっとそれほど疲れているわけでもないのだろうと、
      自分自身に言い聞かせて。
       ・・・もうなにもかもから逃げ出したかったのだ。
       穏やかなだけの、苦しみに満ちた日々から。


       幼い瞳が僕を見つめている。
       静かに無邪気に僕を見ている。
       ああ、そうか。僕はあんな目で未来を見つめていたのか。
       辿り着けるハズの場所。
       漠然として、けれど大きく汚れなき夢・・・未来。


       僕は知らず微笑んでいた。
       彼の瞳は無邪気で―――暖かい。
       彼が見る未来。
       僕が失くしてしまったハズの、輝ける未来。
       辿り着きたかった場所は遠い。けれどまだ、思い出すことができるのだ。
       幼い瞳の色と共に、夢見ることはできるのだ。


       振り向けば幼い瞳の僕が見える。
       振り向けば、未来が見える。


                                     −了−


(投稿日:10月17日(土)00時55分46秒)