第48回テーマ館「腕時計」



離れられない存在
 投稿日 2003年2月6日(木)17時25分 投稿者 Viva 



「今何時・・・?」
その問いに、彼は「私」をそっと抱き上げ、じっと見つめる。
「・・・9時を回ったところだ」
彼はそういい捨て、「私」をベッドへ放り投げた。
そしてシーツの中へもぐりこむと、「女」の元へ・・・。


「私」が彼の右手首におさまるようになって、今日で丸一年が経つ。
彼が箱を開け、「私」を見つめた瞬間から、「私」は彼のとりこになってしまった。
いつでも一緒だった。
仕事が長引いても、お風呂に入るときも、片時も離れなかった。

彼は3ヶ月前、一人の「女」に出会った。
そこから彼の人生は変わってしまった。
奥さんからプレゼントされた「私」を見たくないと言う態度で
右手首からはずすと、「女」を抱きしめるのだ。
時間が来ると、いまいましそうに「私」をいつもの定位置へと戻す。

「私」は「女」が憎くてたまらなかった。
何度彼に『こんな女のどこがいいの?あなたのお金が目当てなのよ』
と言っても、聞こえるはずがない。
むしろどんどんと「女」にのめりこんでいく彼を見るのがつらかった。
「女」もそれを知ってか知らずか、彼をいいように使っているようにしか見えなかった。
そんな「女」が憎くて仕方ない。
奥さんに対しては別だ。「私」を彼に引き合わせてくれたのだもの。
どれだけ感謝してもたりないくらいだ。
とにかく、「女」との関係はその後半年続いた。
彼が散財するまで・・・


「私」は、怒鳴りあう人の声に気づいた。
ここは彼と奥さんの寝室だ。
声は隣の居間から聞こえてくる。

奥さんの泣き声・・・彼の罵声・・・そして「女」だ。

寝室のドアがけたたましく開き、奥さんが入ってきた。
「私」を見つけると、乱暴につかみ、居間へ戻っていく。
「私」を「女」に投げつけ、叫んだ。
「これが最後よ!これでも売って、生活の足しにすればいいわ!」
「確かにいい腕時計ね。でも、これじゃ全然たりないんだけど?
もっと他にもいいのあるんじゃないの?」
怒鳴りあいは延々と続いた。
その間「私」はずっと「女」の手の中にいた。
気持ち悪い。早くここからどこでもいいから逃げたい。
彼は?助けに来てくれないのかしら・・・


2年のときが流れた。
「私」は「女」の手により質屋に売られた。
これでも高級ブランドの一級品である「私」は、
すぐに高値で別の持ち主へと買われていった。
しかし、また別の質屋へと売られた。
すぐに買われたものの、また質屋へ戻る・・・これを2年間繰り返してきた。
そして今、5軒目の質屋にいる。
私は見栄えがいいので、ショーウィンドウの真ん中に飾られた。

ある日、「私」の前を、彼が通り過ぎた。
「私」の胸は高鳴った。
彼は「私」を振り返り、じっと見つめる。
あの、大好きなまなざしで。
少し老けて、くたびれた感が出ているが、私の大好きな彼だ。
彼の左手の薬指には何も付いていない。
奥さんと別れたのだろう。

それから2週間、彼は毎日「私」に会いに来た。
質屋の店長が彼に話しかける。
「こいつはねぇ、買った人に不幸をもたらすとかっていわれが付いて、
流れ流れてうちにもらわれてきたんですよ。
おやめになった方がいいと思いますがね」
彼はその言葉を聞いているのかいないのか、「私」をじっと見つめ、つぶやいた。
「そうか・・俺を待ってたんだな・・・」

そう、私は彼の元へ戻るべく、ここに来たのだ。
もう誰のものでもない。彼自身のものなのだ。
また再び、彼と一緒に暮らす日々が始まった。


もうずっと、彼とは離れない。


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