第48回テーマ館「腕時計」



腕時計
 投稿日 2003年2月9日(日)23時12分 投稿者 しのす  


僕の父は、母に腕時計を差し出して、プロポーズしたそうだ。
給料をはたいて買った高級腕時計にだまされたんだと
母はいつも言っていた。でもそう言う時、母はうれしそうだった。

何度目かのお見合いの後、僕は遂に結婚することを決めた。
彼女しかいない、僕はそう思い、プロポーズすることにした。
父のように、腕時計を差し出して、プロポーズする、
それが当たり前のように、僕には思えた。
いつも両親が話す腕時計のプロポーズ、それが幸せの象徴のように僕には思えた。

フランス料理店で、デザートを食べた後、僕は腕時計の入った箱を彼女に差し出した。
彼女は「なに」というように僕を見た。
「開けてみて」
彼女は細い指でリボンをとくと、箱を開けた。
中にはカルチェのシルバーの時計が入っていた。
彼女は時計を取り出した。
「この腕時計と一緒に僕と時を刻んでいかないかい」
僕は一生懸命考えたプロポーズの言葉を言った。
彼女は僕をまじまじと見ると携帯を取り出した。
「腕時計なんて、いらない。時間知りたかったら、携帯で十分だし」
そして僕らの関係は、終わった。


戻る