第48回テーマ館「腕時計」



時効
 投稿日 2003年3月3日(月)23時50分 投稿者 金環蝕   


死刑場連行までまだ五分。
なぜかそれだけが、ぼんやりと頭の中で照らされている。
お約束通りに冷たいコンクリートの壁が、空間を正立方に区切った部屋の中に
私は居る。ここは何処なのかなんて分かりそうにも無い。
背中にある、唯一外界と触れる格子窓を覗き込めば、汚い乳色の霧が目の中に
飛び込もうと蠢いている。目の前には青緑の塗装が面白味もなく塗られたドア
が、ぼんやりつったっている。
私は本当に殺されるんだろうか?
死刑場連行まであと四分。
どうやって殺されるのだろう?
ここが日本ならば絞首刑だろうが、外国だったら全く分からない。一体どうや
って殺されるんだ?
いや、その前に正式な刑だろうか。私刑を受けるような行いはしていないつも
りだが、人間どこで恨みを買っているかわからない。
後はどんな殺し方があったろう、江戸川乱歩の小説で人間プレス機とか刃付き
の振り子なんて言うのもあったな。
なんだか、背筋が寒くなってきた。
死刑場連行まであとたった三分。
なんで殺されなくてはいけないんだ?
私はなにもやっていないだろう? 殺される筋合いなんて無いはずだ。
誰かこの陰鬱とした部屋から出してくれ、格子窓から叫べば誰か来るだろうか、
ドアに体当たりしてみようか。
とりあえず、ドアに全力でぶつかってみた。一回、二回。そら気合を入れても
う一度。ふと思ってノブを回してみると鍵は懸かっていなかった。
どこかの映画みたいにドアを開けた瞬間に死ぬんじゃ元も子も無い、そっとド
アを開けてみた。反応無し。思い切って全開にしてみた。
さっきと同じ部屋が陰鬱としてあった。
死刑場連行までたった二分。
なんてことはない、部屋が倍の広さになっただけだ。いや、柱時計が壁に一つ
かかっている、今更何時か分かっても無意味だが。
いや、そんな事を考えている場合じゃない。どうやって逃げ出せばいいんだ? 
この部屋に入れられたと言う事は出口もあるはずだ。しかし、壁にも床にも天
井にすら隠し扉のような物はなかった。一体どうすればいい、一体どうすれば?
時計がうるさい、そうやたらにカチコチ鳴るな。と時計に言っても無理か。
どうすればいい? どうすればいい?
死刑場連行まで一分。
どこかに出口はないか、壁は、いやさっき見たじゃないか。考えろ考えろ。
ああ時計がうるさい、壁は、思考が進まない。時計がうるさい、うるさい。壊
してやる。まだ鳴ってる、どこだ。
まだ腕時計があった。壁は、壁はもう良い。腕時計を壁にぶつけてやった。ま
だ鳴るか、踏みつけてやった。
まだ鳴ってる、どこだ、どこだ。ほら、あの1/3の音だ。1/7だ1/11だ1/13だ。
死刑場連行まで零分。
ああ、看守さんか、早くあの時計を止めてくれ。
鳴ってるじゃないか、ああそうだ、殺しに来てくれたんだよな、早く、早くあ
の音の聞こえない場所へ連れていってくれ。
聞こえないか? あの音だよ、1/5の音だよ。
なに、特赦? なにがだ。許されたって? どうでも良いから早く殺してくれ、早
く……。

目が覚めると脂汗で寒気がした。
どうやら会社から帰る電車の中だったらしい。
もしも、現実にあんな事が起ったらどうするだろう? また、殺してくれと懇願
するだろうか。

余談だが、あの日から腕時計が見当たらない。
家族は無くしたのだろうというが、私にはあの部屋の隅でカチコチと笑ってい
るように思えてならない。
ほら、1/7の音、1/11の音、1/13の音……。
了

……長っ&暗っ

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