第75回テーマ館「夢の終わり」



夢の終わり 芥七 [2009/12/28 21:06:58]


人気も少ない学校、誰もいない教室で僕は一人自分の席に座って黒板を眺めていた。畳4
枚分くらいはありそうな黒に近いダークグリーンのカンバスいっぱいに、たった5色のチ
ョークで、壁から開放された人々のような怒涛の勢いで華やかなよく分からないモチー
フが描かれている。その中心にはでっかく『卒業式』の三文字。ああ、そうだ、終わっ
てしまったのだ。たった一言でなんて片付けられないくらい色んな物が詰まった3年と言
う時間が。過ぎてみればあっという間だったけれど、目を瞑って巡らせれば一日二日で
は収められない思い出が走馬灯のように浮かび上がる。悪友も、幼馴染も、お節介な委
員長も、部活の仲間も、何だかんだで助けてくれた先生とも・・・もう、お別れなの
だ。それぞれが自分の目標に向かって歩き出したのだ。笑いあい、喧嘩もした、時には
夢を語ることもあった。自分だけが置いていかれるようで不安で叫びたくなる、そんな
夜もあった。・・・でもそれももう終わり。僕らは今日、旅立つのだ。新たな目標に向
かって。そうだ、ココで終わりなんかじゃないんだ。僕は席を発ち、教室を後にしよう
とドアを潜り抜けて、それから一礼して走り出した。休み時間人ごみであふれた廊下。
思いプリントの束を持って上った階段。あの娘とぶつかった曲がり角。呼び出されるた
びに妙に浮き足立った職員室。今はもう、誰の姿も無い。息を切らして辿り着いたくつ
箱の前、僕は手を付いて荒々しい意気が戻るのを待った。目の前がかすんでしまいそう
で、でも、涙だけは、なぜだろう、イヤだった。僕はぎゅっと瞳を閉じ、すぐに前に向
き直った。くつ箱を開く。そこには一通の便箋があった。はっとして、それから恐る恐
る手を伸ばす。折りたたまれた小さな紙切れには『校舎裏、木の下で待っています』
と、それだけが書かれていた。可愛らしい文字は、緊張のためかかすかに震えていた。
心臓が一気に高鳴る。僕は時計を見た。卒業式からもうすでに1時間以上もたっていた。
僕は急いでくつを履き替え走り出した。知らなかったとはいえ、待たせてしまったこと
に対してただただ罪悪感を感じずに入られなかった。たま回復しきらない息。肺がこれ
以上走るなと警告したが一切を無視して走り続けた。果たしてまだ待ってくれているだ
ろうか?諦めて帰ってしまったのでは?そんな言葉が脳裏をよぎるが、構わず走り続け
た。そして。果たしそこに彼女は・・・・居た。校舎裏。すこし小高い丘になった芝生
の真ん中に一本だけ根付く木。その下で結ばれた男女は永遠に愛し、続く。そんな噂が
女子の間、実しやかに語られていた。「ごめん、遅くなった」僕はできるだけ大きな声
で言った。女生徒は振り返る。木陰の逆行に隠れて顔は見えないが一瞬息を飲んだのが
分かった。「突然、ごめんなさい」彼女は言う。「どうしても、どうしてもあなたに伝
えたかったことがあるの」弱弱しくかすれた声は、風の力を借りて僕の耳に届いた。し
ばしの無言。アドバンテージの無い僕は彼女の言の葉を待つしかなかった。風が吹いて
背が伸びた芝がさやさやと鳴いた。そして、彼女は口を開いた。「覚えてる?」と。そ
こから綴られた物は思い出という名の言葉だった。最初は男子に押し付けられた仕事を
僕が手伝ったこと。文化祭、ダンスで手が触れて恥ずかしかったのに、嬉しかったこ
と。体育大会で優勝したとき、かっこよかったこと。日々の中で少しずつ触れていく中
で気持ちは膨れ上がってどうしようもなくて。彼女が僕に好意を抱いていくその有様が
たどたどしく、時に苦笑いを噛みながら紐解かれていく。僕はただ頷き、それを黙って
聞いた。風がまた、一段と強く吹いた。彼女が木陰から踏み出しその顔があらわにな
る。僕ははっとして、息を飲んだ。彼女は言う。祈るように胸で組んだ両手。少しだけ
潤ませた瞳で僕を見つめて。「あなたのことがす―――――――――――――――――
―――――――――――突然、画面が真っ暗になり、僕は呆然とした。真っ暗な部屋が
さらにどす黒い漆黒の闇に包まれ、何も見えなくなる。両手にはプラスティックの塊。
親指が触るボタンの感触もむなしく、ただカチカチとクリック音だけがなった。ドアの
向こうでドタバタドタバタと音がする。事態が全く飲み込めず、パニックになりつつあ
る僕に向かい、廊下で掃除をしていた母が言った「ごめーん、ブレーカー落ちちゃった
ー大丈夫ぅ?」

絶叫が響いた。



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