第74回テーマ館「ゾンビ」



ゾンビ殺人事件 cinos [2009/10/30 23:51:36]


 「お前、ショートショートって書いてるんだってな」と上司が聞いてきた。
「それって星新一が書いてたやつか」
 「はい」と俺は答えた。
 俺の趣味はショートショートを書くことだ。
 でも星新一とはレベルが違うが、
一応星新一が書いていたショートショートもどきらしきものを書いている。
 すると
 「おい、落語でお題を頂戴して書くってのがあるが、
お前もお題を言ったら書くか」
 テーマで書けということらしい。
 テーマでショートショートを書くのは、よくやったことがある。
 「はい、書きますよ」
 「そっか。じゃあな、ゾンビってお題で何か書いてみろ」
 「ゾンビですか」
 ゾンビと聞いて、俺の頭に浮かんだのは、ロメロ監督のナイトオブザリビングデッドと
マイケル・ジャクソンの「スリラー」だった。
 簡単に書けそうだ。
 「わかりました」
 「ショートショートみたい短いのなら明日まででも大丈夫だろ」
 長さは関係なくて、ショートショートでもそんな簡単に書けるものではない。
 でも明日までになにか書けと挑戦されたら、チャレンジするのがショートショート書き
だ。
 「わかりました」

 俺はゾンビからこんなアイディアもあんなアイディアも浮かんだ。
 でも、待てよ。あの上司はミステリが好きだ。
机の上にいつもミステリが置いてある。
 というわけで、タイトルを「ゾンビ殺人事件」とするとあっという間に
ショートショートができてしまった。
 とびっきりのトリックと三転四転する展開に、最後の1行で最も意外な犯人が明らかに
なる本格ミステリショートショートだ。
 これは最近の俺の最高傑作だ。

 清々しい気持ちで、翌日印刷したものを上司に渡すと
 「ちょっと待て」と呼び止められた。
 「はい」
 「なんだ、このタイトルは。「ゾンビ殺人事件」だと。
ゾンビは死人が甦ったものだろ」
 「はい」
 「じゃあ、殺せないだろ」
 「いえ、映画とかでは頭を撃って殺したりしますよ」
 「へん」と上司は不服そうに鼻を鳴らした。
「ゾンビは人か。ちがうだろ。じゃあ殺人事件じゃないだろ」
 「ではタイトルを「ゾンビ殺ゾンビ事件」にします」
 「はあ、そんなの変だろ。お前はいつもそうだ、
細かいところにまで気がまわらない」
 「そんなこと言われてもショートショートですから」
 「ショートショートにしろ、仕事上の書類にしろ一緒だ。
お前の生き方、人生に対する考え方が如実に表われる。
タイトルをおろそかにして、内容がまともとは思えん。
失敗作だな」
 「え…。そんなことないです。読んでみて下さい。最高傑作ですよ」
 「自分で自分の作品を最高傑作と言うなんて、パカか、お前は」
 「バカとはなんですか」
 「バカだからバカと言った」
 「内容も読まずに何がわかりますか」
 「わかる。タイトルとお前の態度でわかる」
 「く〜っ」
 俺は頭に来て、原稿を奪い取るとゴミ箱に叩き込んだ。

 って捨てることなかったんだけど。
 頭にきて、つい衝動的に。
 仕事が手につかず、ネットもいいやって感じで数日がダラダラと過ぎた。
 そんなある日、
 「○○さん」同期の田中が上司に声をかけた。
「すごいじゃないですか、見ましたよ」
 「まあな。あまり大きい声出すな」上司が俺をちらっと見た。
 「第10回WEBショートショートコンテストで最優秀賞、とってましたね、おめでとう
ございます」
 「まあな」
 「いい題名ですね、ゾンビ殺人事件って」

戻る