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『手話・日本語辞典』

『聴覚障害』誌1995年2月号掲載

田上 隆司(作新学院女子短期大学)

『手話・日本語辞典』

著者 竹村 茂  定価  781円  発行所  廣済堂出版

〒105 東京都港区赤坂6−17−5   03−3584−7610

ISBN4−331−00669−7 c0280

○著者紹介

著者は,東京教育大卒業後,附属聾学校で教鞭をとり, 手話研究を続け,次の著書がある。

@『手話の言語的特性』(日本手話学術研究会)
 A『手話入門』(伊藤政堆と共著・廣済堂)
 B『手話入門・会話編』(Aと同じ)
 C『世界の手話・入門編』(Aと同じ)
 D『新・手話辞典』(共著・中央法規出版)

 

○本書の特色

手話辞典にはいろいろあるが,日本語の文字表記から手の形を探すものだけである。英語で言えば和英辞典である。それに対し,英和辞典のような手の形からそれに当る日本語を探す辞典は,我が国にはなかったし,外国でも私の知る限りでは見当たらず,世界で初めてのものである。「この本は,まったく新しいタイプの手話の本です」という文章で始まるが,まったくその通りであると思う。

英語の学習に,和英辞典も英和辞典も必要なように「目・手辞典」も「手・日辞典」も必要なことは言うまでもない。私は,この本を契機にして,「手・日辞典」がもっといろいろ作られることを望むものであり,その出発点を作った著者の功練を評価したい。

○検索の方法

手・日辞典のニーズがあるのに,今まで出版されなかったのは,手の形から日本語の文字表記を探すためには,手の形(動きや位置も含めて)を分類する研究が必要だが,今まで,それに拘り過ぎたためではないかという気がしている。(もちろん,他にも理由はあるだろうが)そうすると,検索手順がめんどうになってしまうのである。しかし,漢和字典なら,「部首」と「画数」という2つの原則で,何千もの漢字の中から目的の漢字を探し出せるように,検索手順は簡単な程よい。

著者がこの本で検索に使った方法は,手話の形態分類に拘らず,現実的・実用的な方法をとっている。その手順は次の順序である。

 @ 手話が両手か片手か。

 A 両手使用なら左右の手が同形か異形か。

 B それを手の形で分ける。約50種

   (左右異形なら動く手の方の形)

  手の位置(片手手話のとき。約20種)

 C手の動き万(左右同形のとき。5種)

  左右異形のときは,別の手の形。

この@→Cの手順で検索するが,@とAに検索の手間はかからないから,事実上,手の形約50種と手の位置20種を区別すれば,容易に,目的の手の形にたどりつくことになる。

この辞典には,約1,000語の手話が掲載されているが,前記の検索手順@とAで全体を片手・左右同形・左右異形の3つに分類できる。各グループは,都合よく,270〜360語の範囲にある。それを,手の形約50種に分けるのだから,1つの手の形は平均6〜7語で済むことになり,1つの見開き(2ページ)に納まることにばる。そうすれば,著者が言うように『さっと見て「あっ,これだ」と探しあててしまう方が,(細かな分類をするより)合理的」ということになる。

こういう実際的な方法で,1,000語位いなら簡単に検索できることを示したのは,著者の「業績」だと言ってよいと思う。この辞典は新書版だが,もっと大きめの辞典にすれば,上記の検索方法で,より多くの語彙の「手・日辞典」も作れるはずである。

○「日・手辞典」の機能も持つ

この本には,アイウエオ順の索引がついているから,「日・手辞典」としても使えるわけで,「手・日, 日・手両用辞典」と言ってよいものである。

○次への希望

この本は,著者も,「目的は検索であって(手話の形 の)分類ではない」と言っているように,形の分類に役立てようとはしていない。しかし,たとえば,手形についていえば,「イ型」にはどんな語があるかとか.手の位置で「目」にはどんな語があるかというような索引があると,もっと利用範囲は拡がるだろうと思う。当然,そうなると,検索を目的としたために,形の分類なども,だいたいの見当でやれるようになっている(例えば,「ホ型」と見ても引けるし,「テ型」と見ても引ける)が,もう少し,厳格なものが要求されるかもしれない。しかし,実用性を阻害しないで両立させる方法は,著者の力をもってすれば可能だろうと思う。今後,語彙数増と共に,分類面への寄与も願っている。


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