H2A-6号機打ち上げ失敗に関する考察

今回のH2A-6号機の打ち上げ失敗は、まことに残念なことであった。
特に失敗の原因がSRB分離失敗(注1)という、通常ではあまり考えられない原因であったのは口惜しいことである。
(失われたペイロードの方は、税金の無駄ではあるが、個人的にはあまり惜しくなかったと思うけれども...)

ところで、今回の場合の様に固体ロケットブースタの分離が失敗した場合に、ロケットの最終到達速度はどの程度影響を受けるのだろうか?
H2AのSRBは1本あたり75トン、燃え殻でも1本あたり10トンはあるので、仮にSSB(最大4本装備される小型の補助ロケット、推進薬を含めた全重量で1本あたり15.5トン、燃え殻でおそらく、2〜3トン程度)が分離しなかった場合に比べると影響は大きいだろうと予測はされるが、どの程度、デルタVは減少するのだろうか?
場合によっては、偵察衛星の投入軌道を変更して(特に軌道高度を低くして)何とか軌道投入することはできなかったのだろうか?
もちろん、こんな可能性は考慮したうえで、最終的に破壊指令がでたのだろうが、丁度いいロケット工学の演習問題なので、少し考えてみることにする。
 
 

1 諸元

 今回打ち上げられたH-IIA-6号機は、前回の5号機と同じくH-IIA2024と呼ばれるタイプで、
JAXAのデータ(http://h2a.jaxa.jp/design/index_j.html)によれば、
H-IIAの標準型(SRB-Aを2本含む、ペイロード抜きで285t)に4本の小型補助ロケットSSB(サイアコール社製キャスターQA)を追加して打ち上げ能力を増強したもので、ペイロード抜きの全重量で347tとある。

 話はそれるが、上で述べたSSBの質量はこの差を4で割って、上記のように(347-285)/4=15.5tとなるが、その比推力はSRBと同じ280秒、質量比などは複合素材使用のSRBよりやや落ちるとして1/6程度と見積もればSSB燃え殻は2.5tで、SSB推薬質量は15.5-2.5=13tと推定される。
この13tが60秒ほどで燃焼終了するので、1本あたりの推力は、有効排気速度に燃料消費率をかけて、
280x9.8x13000/60=594.5KN
およそ1本あたり60tほどの推力と見込まれる。
 

 ペイロード質量は不明であるが、H-IIA標準型のLEO投入能力が10tであり、今回の増強型はそれより大きい能力であろうが、極軌道へのミッションであることも考慮して同じ10tと仮定する。

 他の要素は上記リンクにあるものをそのまま使うこととする。

 今回の打ち上げの打ち上げプロファイルの詳細の一部はJAXAのプレスリリース(http://www.jaxa.jp/press/2003/11/20031129_h2af6-sac_j.html)にあるが、他のミッション
(特に同様なコンフィグレーションで打ち上げられたH-IIA2号機、3号機のフライトシーケンス、
http://h2a.jaxa.jp/documents/f2/sheet/pdf_j/h2a_15j.pdf
http://h2a.jaxa.jp/documents/f3/sheet/pdf_j/h2a_07j.pdf)のデータも参考となる。
(上記のリンクによると、
SRBは打ち上げと同時に点火し、打ち上げ後100秒で燃焼終了後に分離(高度50km程)、
SSB第1ペアは打ち上げ後10秒で点火、1分ほどで燃焼終了、SRBの分離後に分離され、
SSB第2ペアは第1ペア燃焼終了後点火され、同様に1分ほどで燃焼終了し打ち上げから2分すぎほどで分離されるようである。
また衛星フェアリングは打ち上げ後、3分半〜4分ほどのところ(高度120から160km)で分離される。
第1段燃焼終了、分離は、ほぼ打ち上げ後390から400秒、約6分半である。(高度220〜270km))

但し今回はSRB-A分離失敗の影響評価のため簡単に、SSBは無しの標準型の第1段の増速分のみを計算することとする。
 

2. 正常な打ち上げの場合

SRB分離までの最初の100秒間における増速分ΔV1を求める。
この段階に於ける有効排気速度をV1は、全推力をそれぞれの燃料消費率で割って、
V1=(1100KN+4520KN )/(101000/400+130000/100)=3620(m/秒)
この間のロケットの質量変化は、打ち上げ当初質量をm0、SRB燃焼直後、分離前の質量をm1として、
m0=285+10=295t、m1=m0-101x(100/400)-130=139.75t
以上から、例のツィオルコフスキーの公式より、
ΔV1=3620xlog(295/139.75)=2717.5(m/秒)

SRB分離後、第1段燃焼終了までの増速分ΔV2は、
この間の有効排気速度V2=1100KN/(101000/400)=4356.4(m/秒)
この間のロケットの質量変化はSRBが正常に分離したとして、、
m1’=m1-20=119.75t、m2=m0-101-150=44t
よってΔV2=4356.4xlog(119.75/44)=4361.7(m/秒)

合わせて正常な飛行の場合、第1段による増速はΔV=ΔV1+ΔV2=2717.5+4361.7=7079.2
これは空気抵抗や重力による損失を含まない理想的な速度増分であるが、H-IIA第1段が(特にSRB分離後の後半で)かなりの働き者であることがわかる。

第2段の動作は今回の比較では無関係であるが、参考までに計算してみると、
非推力447秒より、有効排気速度は、4380m/秒、質量比は(20+10)/(10+20-17)=30/13より、
ΔV3=4380xlog(30/13)=3662.7(m/秒)

合計してH-IIA標準型の総デルタVは、10741.9(m/秒)となる。
実用となる打ち上げロケットにはこれ位のデルタVが必要ということか。
 
 

3. SRB分離失敗の場合

SRB分離までの最初の100秒間の増速分ΔV1は、正常飛行の場合と同じ2717.5(m/秒)である。

SRB燃焼終了後の有効排気速度V2も4356.4(m/秒)で、(SRBの燃え殻がついていようといまいと)変化ないはずである。
SRBの燃え殻1個(10t)が分離失敗したとすると、このフェーズの質量比の分子分母に10tづつ加算されるから、
m1”=129.75t、m2’=54t
よってΔV2=4356.4xlog(129.75/54)=3818.9(m/秒)

差し引き、正常飛行の場合に比べて、542.7(m/秒)の増速減となる。
 
 

4. 軌道変更の影響

 今回の打ち上げ失敗で思ったことのひとつに、打ち上げトラブルの場合のミッション変更の自由度がどの程度あるのかということがある。
今回のペイロードは周知の情報収集衛星(偵察衛星)、2機であるが、おそらく当初目標としていた軌道は前回と同じ太陽同期の極軌道で地上高度800kmくらいのはず(注2)である。

SRBの分離失敗が判明した時点で、投入軌道を変更して最低限地球周回が可能な高度200kmくらいのLEOに変更すれば、必要な加速が少なくて済み、偵察衛星の運用は難しくなったかもしれないが、軌道投入はできたのではないか?
このためには、投入軌道高度の変更でどの程度加速量が節約できるかを見積もる必要がある。

高度200kmの円軌道から800kmのそれに軌道変更するために必要な増速(デルタV)は、いわゆるホーマン遷移に必要な加速として求めることができる。
今回の打ち上げのように直接高度800kmの目標軌道に投入する場合(ダイレクトッバーンまたはダイレクトアセント)と、高度200kmのパーキング軌道を経由してホーマン遷移で目標軌道に投入する場合では、必要な加速は異なるようであるが、一応の目安にはなるだろう。

一般に軌道半径r1の円軌道から、r2のそれにホーマン遷移する場合に必要な2回の加速量は、

 ホーマン軌道に乗るとき      ΔV1 = V1 × ((√((2 × r2)/(r1 + r2))) - 1)
 ホーマン軌道から降りるとき  ΔV2 = V2 × (1 - √(((2 × r1)/(r1 + r2)))

 ただし、
 G = 万有引力定数 = 6.672e-11
 M = 地球の質量   = 5.974e24kg
 V1 = √((GM)/r1)
 V2 = √((GM)/r2)

この式から地球の半径を6378kmとして、高度200kmの円軌道から800kmのそれにホーマン遷移するに必要な加速量を求めると、
ΔV1 = 167.95、ΔV2 = 164.3(m/秒)、合計ΔV1 +ΔV2=332.27(m/秒)となる。

これは3.で求めた加速量の減少分542.7(m/秒)より少ないので、目標軌道高度を変更しても軌道投入は不可能であったことがわかる。
それにしてもその差、わずか210.4m/秒、第一宇宙速度7.8km/秒の3%にも満たない、まことに惜しいところであった。
 
 

注1
 その後の情報によると、SRB分離失敗の原因は、分離に失敗したSRBのノズル部分の異常により付近を通過する分離信号を伝えるための導火線(導爆線)が断線したためである可能性が高いことが判明した。

注2
 多数の人工衛星の軌道情報を収集しているcelestrak.comによると、前回の偵察衛星(IGS1)の当初軌道は、軌道周期94.4分、軌道傾斜角97度、軌道高度490kmであるとのことである。
この場合軌道高度を200kmに落としても、170m/秒程度の節約にしかならない。