人工衛星や宇宙探査機の軌道計算は、本格的にやるとなると結構大変 (例えば「
マツド・サイエンティスト研究所 基礎知識6 電卓で行う軌道解析・制御設計」などを参照)であるが、
この参考ページにもあるように、アポシスでのインパルス軌道制御のみを考慮した円軌道間でのホーマン遷移のみを対象して、更に適当な単純化をすれば、遠心力と重力の釣り合いとエネルギー保存則のみで取り扱いが可能である。
1.微少ホーマン遷移軌道
前提
下図の黒い正円軌道(半径r1)を慣性飛行する人工衛星(宇宙機)が、A点において加速して青の遷移軌道を経てB点に於いて再度加速し、高度がΔrだけ上の緑の点線の円軌道に移行する場合を仮定する。
ホーマン遷移の出発点となる円軌道(上図の黒い円のA点)の半径をr1、その速度をv1とすれば、円軌道に於ける重力と遠心力の釣り合いの関係より、衛星の質量をmとして、
mv12/r1 = μm/r12 ...(1.1)
但し、μは重力定数と地球質量の積で、μ=3.986x10^14(m^3/秒2)
従って、半径r1の円軌道の周回速度v1は、
v1 = √(μ/r1) ...(1.2)
同様にホーマン遷移の目標とする円軌道(上図の緑の点線の円)の半径をr2、その周回速度をv2とすれば、
v2 = √(μ/r2) ...(1.3)
ここで、ホーマン遷移のための近地点Aにおける初回の増速量が、遠地点Bにおける2回目の増速量と等しくΔvとおけるものと仮定する。
(これは正確には成り立たないが、Δv/v が0に近づく極限では漸近的に成り立つことが期待される)
この仮定の下に、初回増速後の人工衛星の全エネルギー(速度エネルギーと位置エネルギーの和)が、遠地点で目標円軌道に乗るための2回目の増速前のそれに等しいこと(エネルギー保存則)から、
1/2・m(v1+Δv)2 − μm/r1 = 1/2・m(v2−Δv)2 − μm/r2
mと係数1/2を払って整理すると、
v12 − v22 + 2(v1+ v2)・Δv = 2μ(1/r1−1/r2)
式(2)、(3)より、 v12 − v22 = μ(1/r1−1/r2) であるから、
Δv = (μ/ 2(v1+ v2))(1/r1−1/r2) ...(1.4)
v1≒ v2 であるから、
Δv = (μ/ 4v1)(1/r1−1/r2) ...(1.5)
更に r1 = r 、 r2 = r +Δr とおいて、Δr << r であるから 1/r1−1/r2 ≒ 1/r−1/r・(1−Δr/r ) = Δr/r2 となり、これと(1.2)式を(1.5)式に代入すれば、
Δv = (μ/4)・√(r/μ)・Δr/r2
= (1/4)・√(μ/r)・Δr/r = (1/4)・v・Δr/r
より、
Δv = (1/4)・(Δr/r)・v ...(1.6)
つまり、ホーマン遷移によりΔrだけ軌道高度を変更するには、現在の軌道速度
v を、Δr/r (Δrの軌道半径に対する比)の1/4の割合に相当する分だけ2回変更すればよいことが判る。
上の図の半径rの正円軌道(黒の実線)を飛行していた衛星が、A点においてΔvの増速を行うと、ホーマン遷移軌道(青の実線)に移り、B点に於いて更にΔvの増速を行うと、半径r+Δrの正円軌道(緑の点線)に移ることができ、一周回後最初のA点よりΔrだけ高度が上昇したC点に移ることが出来る。
引き続き高度上昇を続ける場合は、B点に於いて2Δvの増速を行えばよく、この場合一周回後には高度が2Δrだけ上のC’点に移ることになる。(赤線の軌道)
(ここで更に2Δv’の増速を行えば、一周回ごとに2Δrの高度上昇を続けることになる)
地上高300km程度の低軌道(LEO)を想定すると、r1=6700km、対応する軌道速度v1は式(1.2)より、7713m/秒となる。
1km上の軌道に遷移するとして、r2=6701kmとなり、式(1.6)に従ってΔvを求めると、Δv=0.2878m/秒となり、ペリジとアポジの2回で軌道半周あたり、0.5756m/秒の増速で1km上の軌道に移れることが判る。
LEOにおける軌道周期はおよそ1時間半(=90分=5400秒)であるから、平均加速度にすると0.2mm/秒^2程度になり、有限燃焼損失(速度変更に要するロケットの噴射時間がゼロでないことによる、推進効率の低下)を考慮しても、イオンスラスタなどの低推力エンジンにより実現可能な程度である。(下記 Artemisの事例 参照)
参考
Artemisの事例
2001年7月にESA(欧州宇宙局)が打ち上げた通信衛星 Artemis(総重量3100kg)
は、打ち上げロケットArian5の上段の不具合により、予定されたGTO(静止軌道への遷移軌道)に乗ることが出来ず、中途半端な軌道(近地点高度
590 km, 遠地点高度 17 487 km)に置き去りとなった。
ESAではArtemisに搭載されていた静止軌道における位置制御用イオンエンジン(推力15ミリニュートン)2つを静止軌道投入用のアポジモータ(化学燃料)と組みあわせて使用することにより、1年ほどかけて徐々に軌道高度を上昇させることに成功し、2002年末現在、静止軌道高度まであと少しのところまで到達している。(1日あたり15km〜20km程の高度上昇率)
(http://www.esa.int/artemislaunch/)
2.微少ホーマン遷移軌道の相対的位置関係
1章で述べたような微少ホーマン遷移を行おうとしている宇宙機が、母艦となる親機(例えば宇宙ステーションのようなもの)から加速して分離した場合を想定する。
(1章の図における青色の軌道)
この場合、親機の宇宙ステーション側から見た、子機の動きはどのように見えるであろうか?
(一種のランデブーの状況、視点の座標系は親機を原点として、軌道方向に前後、地球中心方向を下、その反対方向を上とする回転座標系に取る)
一般に同一軌道平面を異なる高さ(異なる軌道半径)で飛行する2つの宇宙機は、軌道が低い方が公転周期が短いので、公転位相が進む、つまり低い方が高い方を追い越して行く。
微少であるとはいえ、ホーマン遷移軌道に入った子機は、もとの軌道にとどまる親機よりも大きな軌道半径(正確には離心率は小さいものの楕円軌道であるから、軌道長半径)をもつので、その公転周期は親機よりも長い。
従って親機から見ると、増速して親機を離れた子機は最初は同一軌道上を先行して進んで行くが、次第に軌道高度が上がると共に水平方向の速度差は減少し、やがて前後水平方向には逆に近づいてきて、子機は下を行く親機に追い越されてしまう。
その間も軌道高度差は拡大し、子機の高度は高くなり続けるが、それも軌道を半周する頃には最大となり、その後は逆に高度差は少なくなってくる。
一方、前後水平方向の距離は、軌道を一周する頃にはかなり開いている(親機が先行)が、両者の絶対速度はこのころには分離当初の値に近づいてくるので、子機の方が親機よりも速く、水平距離は一時的に縮まってくるものの、子機は親機に追いつくことはない。
つまり、子機は最初親機に先行するものの、やがて減速し親機の頭上を通って親機の後ろに戻ってくることになる。
結局、子機は加速したのに親機に遅れるという奇妙なことになる。無重力の宇宙空間なのに、これは何故だろうか?
簡単に言えば、地球の重力により1時間半程度の周期で軌道を周回運動する低軌道高度の宇宙空間は、その時間単位では無重力とは見なせないということであろう。
逆に言えば、1時間半の軌道周期に比べてより短時間の時間尺度であれば、低軌道衛星軌道(LowEarthOrbit、LEO)は近似的に無重力状態と見なせるとも言える。
もちろん、LEOを離れて、より高い周回軌道に移れば(あるいは地球周回軌道を離れて、太陽の重力により公転する惑星軌道であれば)、軌道周期は延びるので、無重力と見なせる時間の長さも長くなる。
上記の議論で、1周回後に、子機が親機のどれくらい後ろに離されるかを計算してみる。
加速前の子機、あるいは母艦となる親機の元々の軌道(円軌道とする)の軌道半径を
r0 とすると、その公転周期 T0
は、
T0 =2π√(r03/μ) ...(2.1)
但し、μは地心重力定数(μ=GME)
一方、子機の飛行する微少ホーマン遷移軌道の軌道長半径aは、その離心率をe(≒0)とすれば、a
= (1+e)・ r0
であるから、その軌道周期 T1 は、
T1 =2π√(a3/μ)=2π√(((1+e)・ r0)3/μ)=√(1+e)3・T0 ...(2.2)
e≒0であるから、√(1+e)3・≒1+3/2・e と近似できて、結局
T1 ≒ (1+3/2・e)・T0 ...(2.3)
1周回後の親機と子機の水平方向の距離Δxは、軌道周期の差に親機の軌道速度Vを掛けたものに、概略等しいから、
Δx = ( T1 − T0 )・V = 3/2・e・T0・V ...(2.4)
(2.1)式、および V=√(μ/r0) より、
Δx = 3/2・e・2π√(r03/μ)・√(μ/r0)=3πe r0 ...(2.5)
楕円の離心率eの定義により、1章の図のΔrが離心距離 e・a の2倍であるから、Δr
= 2e・a
また、円軌道の中心が、楕円軌道である微少ホーマン遷移軌道の焦点であるから、
r0 + e・a = a
両式より、aを消去し、eをΔrとr0
で表せば、 e=Δr/(2r0+Δr)
Δr<< r0 より、e ≒ (1/2)(Δr/r0) と近似できるので、
Δx = (3/2)πΔr ...(2.6)
1章の計算例(Δr=1km)の場合だと、(3/2)π≒5であるから、Δx=5kmとなる。
中心質量(質量1)を中心とする半径1の円軌道を、軌道速度1で周回する2つの人工衛星(親機と子機、その質量は無視できるとする)に於いて、子機を加速して1%の速度差を与えた場合に、親機から見た子機の相対位置を軌道3周分について計算したものを下図にしめす。
(子機は最初右(X軸正方向)に加速するものとする)
これを見ると、加速した子機が親機の前方に位置するのは、ほんの一瞬で、軌道周期の大半の時間は親機の後ろ上方に位置することがわかる。
また、軌道周期の長い子機が1周回毎に親機に対して水平方向に遅れて行く割合が、上昇高度(Δr/r、(1.6)式からほぼ0.04)のほぼ5倍(0.2)になっていること、周回を重ねるにつれて軌道位相差が大きくなると、親機の水平方向に対して子機の位置は下の方に見えてくる(子機の軌道半径、軌道高度は親機のそれよりほとんど常に高いが、軌道の曲がり方によりそう見える)こともわかる。
子機が加速して親機から離脱した直後の軌跡(上の図の第1象限部分)を拡大したものを下に示す。
子機が親機の最も前方に達するのは、軌道位相角にして40°ほどの地点である。