ゆっくりと墓地から歩み出てきたシンジ。心なしか肩を落としているように見える。 門をくぐったところで振り返る。眩しそうな視線を送るその先には、父ゲンドウの後ろ姿と見ることが叶わない母ユイの姿があるのだろうか。 シンジは一つ息を吐き、回れ右をして朝来た道を引き返し始めた。 と、その視界の隅にここでは見かけないはずのもの、しかし、よく見慣れたものが飛び込んできた。 電柱の影から覗いているのは、赤い髪留めと、そよ風に揺れる長い栗色の髪。 「惣流?何やってんの?」 シンジとしては脅かすつもりは毛頭なかったのだが、声をかけられた方はそうではなかったようだ。手にしたカバンを取り落としそうになりながら、バタバタと近くの曲がり角へと走っていってしまった。 取り残されたシンジの前を乾いたような風が通りすぎる。 さっきの後ろ姿を見間違えるはずはない。だが、シンジには逃げられる理由がさっぱりわからないしさっぱり思いつかない。 小首をかしげながら後ろ姿が消えた曲がり角へと近づいていく。 シンジが首を伸ばして曲がり角の向こうをうかがおうとしたその時、目の前にビシッと指がつき出された。その指をたどった先には、若干顔を赤らめながら仁王立ちになっているアスカがいた。 「あんた、こんなとこで何してんのよ」 「それはこっちの台詞‥‥‥」 「いいから!質問に答える!」 「見ればわかる‥‥‥」 「わかんないから聞いてるんでしょ!」 「お墓に来てやることっていったら、一つしかないじゃないか」 あきれたように両手を広げて答えたのが災いした。アスカの顔はさっきとは違う赤さに染まっていく。 「だ〜れ〜の〜よ〜」 「か、かかかか、母さん、の‥‥‥だよ‥‥‥」 そう答えながらシンジの視線はどんどん下へ下へと下がっていく。そして、それにあわせるかのようにアスカの指も。 二人の間に流れる、気まずい沈黙。 それを破ったのはアスカだった。 「あ‥‥‥そ、それから、アタシのこと『惣流』って呼ぶの、やめてくんない?」 「‥‥‥なんで?」 「な、なんで、って‥‥‥ほら、アタシってずっと向こうにいたからラストネームで呼ばれるのって慣れてないし、それに『そーりゅー』ってあんまし響きが良くないじゃない?‥‥‥えっと、それから‥‥‥ほら、ヒカリも『アスカ』って呼んでくれてるし‥‥‥それに‥‥‥」 身振り手振りを交えながらの熱弁に、はじめはあっけに取られていたシンジだったが、そんなアスカの様子を見ているうちに次第に穏やかな表情が浮かんでくる。 「なに笑ってんのよ」 「いや、惣‥‥‥アスカと話してると楽しいな、って」 きょとん、としているアスカ。 「なによ、それ?」 「そのまんま」 ふざけた様子も皮肉な調子でもない。素直な言葉。 二人の視線が交差したとき‥‥‥回れ右をしたのはアスカの方だった。 「そ、それで?これからどうするつもりよ?」 「え〜っと、買い物して帰ろうと思ってたんだけど」 「へぇ〜、学校さぽる気だったんだ〜、いっつもマジメぶってるくせに〜」 「人聞きの悪い言い方しないでよ。自主休校だよ、自主休校」 「へいへ〜い、ジシュキュウコウね〜」 いつしか肩を並べて歩き出した二人。他愛ないことを話しながら歩いていく。 今、二人の目に、お互いの姿は映っていない。しかし、その視線の先には同じものが<我が家>が映っているのであった。 < FIN >
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