硝煙淑女 第三章
「Burning Blue」
written by 杜泉一矢


 ハイドレイクは不夜の街と呼ばれている。
 もはや、真夜中もとうに過ぎたというのに、メインストリートには人があふれかえり、客引きのお姐さん方の声もかまびすしい。 
 しかし、その中にあって静かな佇まいを見せている一角があった。
 メインストリートに比べれば、半分の長さもない通りだが、立ち並ぶ建物の重厚さは他の通りを圧倒している。
 煉瓦造りに石造り、木造のものも凝った装飾を施してある。名のある職人たちが精魂込めたものであるのは一目瞭然だ。
 この通りに、手を抜いた書き割りのような建物は一軒たりとも存在しない。
 そのうえ各々の建物の入り口には屈強なバンサーが、きちっとした制服を着込んで通行人に鋭く目を光らせている。
 時折着飾った女たちが通りを行き過ぎるが、いずれも劣らぬ美姫揃いで、一見の客など相手にしないような女たちだ。
 この通りがハイドレイク最大の金の集積地。
 モンゴック以上と言われる淫楽の街。
 表の静けさとは裏腹に、建物の中では激しい男と女の営みが交わされている。

 その中にあって一際、偉容を誇る建物がある。
 堅牢そうな白い石造りのそれは、ハイドレイク一の高級娼館。いや、ウェストガンズ一と言われる《流星宮》だ。
 三階建ての建物は部屋数三十を数え、暖炉は二十、風呂場が十一、舞踏会を催せるような大広間が一つ、これは実際に毎年、年明けの有力者たちの会合に使われている。
 そのうちの一室、他の部屋に比べるとさして広くもない部屋があった。
 とはいえ、その部屋も贅を凝らした造りではあったが。
 足が埋まってしまいそうな毛足の長い豪勢なカーペット。凝った彫刻の施された天蓋付きのベッド。あのスターブルーですらかなわないほどの種類を納めたつくりつけのホームバー。それを楽しむための座り心地の良さそうなソファーとテーブル。
 ここまでなら、最高級の娼館に相応しい家具調度と言って問題ないところだが、この部屋にはいま一つ似合わないものがあった。
 窓を背にして、どっしりと構えた執務机がそれだ。
 いまその机の上には、書類が何枚も散乱し手のつけられないような有り様になっている。
 それらの大半は犯罪者の最新のリストだ。
 そして、それにまじるのは帳簿の束。
 どうして、この娼館の中でこんな書類が開かれていなくてはならないのか。
 そしてもう一つ。
 小さな頭蓋骨が当たり前のように机の上に乗っていた。
 当然、大人のものではない。
 せいぜいが十歳くらいまでの少年か、少女のもの。
 そんなものがなぜこの部屋にあるのか?
 その答を知る者かどうかはわからないが、一枚の書類を手にして男が一人、机の縁に腰掛けていた。
 くすんだ金髪に丸眼鏡に覆われた蒼い瞳。
 リボンタイは外されてYシャツにぶら下がり、シャツのボタンも三つほど外されてはいたが、紛れもなくその男はクロケットだった。
 クロケットは不意に興味を失ったように紙を指の間で弾き飛ばした。
 書類は骨の上に乗り、滑って絨毯の上に落ちていった。
 クロケットは頭蓋骨を取り上げると、慈しむかのようにそれを撫で、再び机の上にそれを戻した。
 眼鏡越しの蒼い視線は、その骨を見つめているようでいて、その実心ここにあらずと言った風情を漂わせていた。
 そのとき、遠慮がちなノックの音が部屋の中に響いた。
 クロケットは視線をドアのあたりに彷徨せると「どうぞ」と短く答えた。
 ドアがそっと開かれた。
 それを抜けて滑るような足取りで入ってきたのは、楚々とした美女だった。
 もっともここに美しくない女など存在し得なかったが。
 年の頃はクリスとさほどかわりはない、襟足のあたりできれいに切りそろえられたみどりの黒髪に、濡れたように光る黒目がちな瞳。そしてモノトーンの対照をなす白い肌。
 それはクリスのように透明感のあるものではなかったが、やはり彼女もウェストガンズの人間ではないようだった。

「……おかえりなさい」

 女はそれだけ言うと、不意に顔をうつむけた。

「ただいま、雪乃」

 大事そうに抱いていた骨を机の片隅に置きながらクロケットは答えた。

「俺のいないあいだ、よくやってくれたな」

 クロケットが意味不明のねぎらいの言葉をかける。
 雪乃と呼ばれた女は、つと顔を上げ、クロケットを凝視した。
 その大きな瞳にクロケットを吸い込もうかとするように。
 実際、クロケットはそんな錯覚を覚えた。
 が、それは錯覚ではなく、雪乃が素晴らしい勢いでクロケットに体をぶつけてきたからだった。

「クロケット……クロケット、逢いたかったのよ、ずっと」

 預けられた体重を全身で受けとめて、クロケットは雪乃の頭に手を置くと髪を優しげに梳いた。

「すまない」

 それしかクロケットには言いようがなかった。
 だからクロケットは雪乃の唇を奪った。
 雪乃もすぐに応えた。
 ついばむようなクロケットのフレンチキスは、雪乃によって深く淫靡なディープキスに取ってかわられてしまう。
 二人は互いの唇を激しくむさぼりあい、固くお互いの体を抱きしめていた。
 先に唇を離したのは、クロケットだった。

「雪乃……」

 雪乃は、判ってるとでもいいたげに頷いた。

「スターブルーの、ことでしょう?」

 クロケットは無言。
 だが、その沈黙がそのまま答だった。

「大丈夫よ、二人ともまだ生きてる」

 雪乃の言葉を聞いて、クロケットの胸が大きく動いた。

「いまはデービッドさんのところにいるわ」

「DIJのところに?」

「そう、だからきっと大丈夫だと思うわ」

 雪乃はそう言ったが、クロケットの顔から深い憂慮の色が消えることはなかった。

「クロケット?」

 雪乃は浮かない顔のクロケットに瞳だけで訊ねる。

 ――何をそんなに悩むことがあるの?

 だが、クロケットの蒼い瞳は雪乃の黒い瞳を見つめてはおらず、あらぬ方へと向いていた。
 雪乃のプライドは少なからず傷ついたが、そんなことはおくびにも出さず、雪乃の視線もまたクロケットの視線を追っていた。
 それが行き着いた先は、例の小さな頭蓋骨だった。
 雪乃はそれがこの部屋にあるのを以前から知っていた。
 この部屋にそれが現れたのは二年ほど前、ソニィをクロケットが拾ってきたときからだ。
 それ以来、その骨はこの部屋を居室として、いまに至っている。
 気にはなっていたが、雪乃はそれの由来をクロケットに聞きそびれていた。
 訊いてはいけないような気がしていたのだ。
 しかし、いまならそれを訊いてもいいような気がしていた。
 というより、クロケットがそれを望んでいるような気がしていたのだ。

「ねえ、クロケット……」

 とはいえ、こんな時に訊ねるのも気恥ずかしいものがある。名を呼んだまでは良かったが、そのあとが続かずに思わず雪乃は赤面してしまっていた。
 それをクロケットは誤解したらしい。
 ひょいと雪乃を抱きかかえると、ベッドへと歩みを進める。

「ちょ……ちょっと、クロケット! 違う、違うのっ!」

 雪乃はクロケットの胸を叩き、長い脚をばたつかせて抗議したが、それは当然の如く却下されてしまった。
 雪乃とて、それを期待してなかったわけじゃない。むしろ二人の間柄ならばこうなって然るべきだったのだが、誤解されたままするのは本意ではなかった。
 壊れものを扱うように丁寧に雪乃をベッドに下ろし、クロケットはYシャツを脱ぎ捨てて雪乃の上に覆い被さると首筋に唇を滑らせた。

「んっ……ううんっ! やぁ……やめて、クロケットぉ」

 と言いながらも、その言葉の端々に甘えるような声が混じってしまう。
 雪乃は堪えようもなく反応してしまう自分の肉体を持て余していた。
 それは娼婦を生業とする彼女の性なのか、それとも相手がクロケットだからなのか?

「ふうっ……ん」

 耳たぶに走った唇の甘い刺激に、思わず深い吐息を漏らしてしまった雪乃にクロケットが囁いた。

「判ってるよ、雪乃」

 その言葉に、雪乃は閉じていた目を開いた。

「俺も、いまおまえに話したいんだ」

 そう言いながらも、クロケットの手は、雪乃が身にまとう黒絹のドレスのボタンを外していた。
 それならそれでも構わなかった。
 雪乃はクロケットの言葉に安堵と、そこはかとない不安を感じていた。
 クロケットが自分から、雪乃の知らない過去を話そうとするのは初めてだったからだ。
 雪乃が訊ねれば、クロケットは大抵のことには答えてくれた。
 だが、彼の仕事に関してだけは、ほとんど答えることがなかった。
 広域保安官。
 それがどういう仕事かは、雪乃にも判っていた。
 ただ、自分と出会ったあと、クロケットがどのようにしてその仕事を遂行しているのかは知らないままだった。
 それでもいい。
 雪乃はそう思って、いままでクロケットに尽くしてきた。
 けれども……
 ドレスを奪い去られ、黒の下着だけになった雪乃の胸にクロケットの手が優しく滑り込んだ。
 たったそれだけで、雪乃は体の奥が熱くなるのを感じていた。

 ――こんなにも、愛しているから……

 クロケットが抱え込んでいる不安が雪乃には手に取るように判る。

 ――私にできることは、この人を愛してあげることだけ……

 だから、雪乃はクロケットの愛咬を受け入れる。クロケットの背に手を回し、しっかりと抱きしめた。


 二年前。
 モンゴック。
 クロケットは、とある地方都市で起きたけちな銀行強盗の犯人を追ってモンゴックの中に入り込んでいた。
 犯人はあっさりと逮捕され、それを地元の保安官に引き渡したあと、クロケットはあてもなくモンゴックの街中をうろついていた。
 この街は異常だ。
 増築に増築を重ね、塔のようになった建物が互いを支えあうように天へ向かいその危うげな肢体をとめどもなく伸ばしている。
 人々はその、いつ崩れ落ちるとも知れない建物から身を護るようにトンネル状の通路を切り拓いて、日々の生活を確保していた。
 しかし、それすら確とした日常とはなりえない。
 朝に存在した建物が昼には廃墟と化し、夜にはただの野っ原となり、翌日には全く別の建物が建っている。
 地元民すら迷う、生成迷路のようなこの場所で、他所者のクロケットが迷わぬ道理はない。
 が、そんな状況でさえ、クロケットは顔に微笑を浮かべて楽しんでいた。
 妖しげに誘う色とりどりの街娼たちをからかい、目についた飲み屋でこれまた出所不明な怪しい酒を飲んでひどい目にあいながら、クロケットはずんずんとモンゴックの奥へと足を踏み込んでいった。
 万一、こんなところで内ポケットに隠された銀の星が転げ出ようものなら袋叩きは確実だ。

「ま、そうなったらそうなったときの話」

 と誰にともなくうそぶき、クロケットのモンゴック探訪は二日ほど続いた。

「ちょっと、お兄さん!」

 と、三日目の朝をごみ箱の脇で迎えたクロケットは揺り起こされて、目を覚ました。
 眩しげに目を細めて、クロケットは声の主を見つめた。

「あのさ、そんなとこに寝てられると、ごみが捨てられないんだけど」

 クロケットの視界にようやく色と輪郭が戻ってくる。
 それでもクロケットは自分の眼がまだおかしいのかと訝った。
 目の前に同じ顔が二つ並んでいる。
 建物の隙間から差し込む朝日を浴びてけぶるように光る短くカットされた金の髪、勝ち気な光を湛えたつり目がちな薄いグレーの瞳。
 クロケットは薄い靄のかかった眼をこすって、しっかりと眼を開いた。
 一応、眼は覚めていたらしい。
 クロケットを見おろしていたのは、二人のすこぶるつきの美少女だった。
 しかし、クロケットの反応はきわめて散文的なものだった。

「……ん、悪い悪い」

 相手は美少女とは言え、まだせいぜいがとこ十四、五才と言うところだった。
 クロケットにはそのような少女を愛でる趣味はなかったから。
 しかし、相手はそう思わなかったらしい。
 少なくとも右側に立っていた女の子は、だったが。

「あらあ、意外といい男ね。お金も持ってそうだしぃ」

 それを左の女の子がたしなめる。

「ジュリィ! こんなとこで寝こけているような奴がお金持ってると思うの!」

 ジュリィと呼ばれた女の子は、口を少しとんがらせるとクロケットのスーツに手を伸ばした。

「なーによジュリア。この人の服をよく見てみなさいよ。この辺りじゃお目にかかれないわよ、こんな仕立てのいいスーツなんて」

 今度はジュリアと呼ばれた子が口をとんがらせる番だった。

「そーいうこと言ってるんじゃないのよ! こんなとこで行き倒れかけたような奴が、まともな奴のはずな訳ないでしょうって言ってるの」

 二人の同じ顔をした美少女が睨み合う。
 それはそれでなかなか迫力のある光景だった。
 とはいえこの辺りでは日常茶飯事なのか、雑踏を形成する人々のなかに、三人のやりとりに関心を示す人間はいなかった。

「あのなあ……」

 ようやくクロケットが口を開いた。

「俺は行き倒れでも何でもないっての。出口が判らなくて、ここで一晩明かしただけなんだからさ」

 そんなクロケットの言いわけにジュリィが眼を輝かせた。

「じゃあ、ほんとうに外から来た人だったのね!」

 そういうと、ジュリィはクロケットの腕を取って、引きずるように立ち上がらせた。

「家に寄って行ってよ、お兄さん。お風呂だってあるし、朝御飯だってサービスしちゃうわよ」

「お……おい?」

 腕を取られたクロケットは困惑しながらも、この子たちが何を生業としているのか悟っていた。
 絡めた腕を撫でさするジュリィの指使いは、成熟した女をも凌駕する淫靡さを伴っていた。

「仕方ないわねえ」

 肩をすくめて溜息をつきながら、ジュリアもごみを捨てると反対側の腕を取った。

「お金……あるわよね」

 上目遣いにクロケットの顔を覗き込む、ジュリアのの仕草などは、じつに堂に入っていて、クロケットは思わず感心してしまった。

「あ……いやいや、違う」

 思わずつぶやいてクロケットは首を振り、二人の年若い娼婦の腕を振りほどこうとした。
 そのときだ。

「朝っぱらから、カモ捕まえたのかい? ねーちゃんたち」

 元気な少年の声が、三人の背をどやしつけた。
 クロケットが振り返ると、そこには薄汚れた服を着て、焦げ茶色の髪をあっちこっちに跳ねさせたままの子供が白い歯を見せてニカニカと笑っていた。
 その笑顔とは裏腹に、少年の言葉はモンゴックの住人に相応しい汚さであったが。

「おはよう、ジョン」

 ジュリィが少年に向かって笑いかけ、ジュリアが顔をしかめてみせる。

「人聞きの悪いこと言わないの、ジョン」

 たったそれだけのやりとりでも、クロケットにはこの二人の少女が、この少年を深く愛していることが判った。
 ジュリィの笑みは先刻クロケットに見せたものとは違い、慈愛にあふれた姉のような表情だったし、ジュリアの言葉は少年を案じる母のような言葉だった。

「いーまさら、なに言ってんの」

 そんな二人の情愛に気づくこともなく、少年はさらに続けた。

「あんまりあこぎなことすんなよ。ねーちゃんたち! そこのおっさんも鼻の下伸ばしてんじゃねーぞっ!」

『ジョンッ!』

 ジュリアとジュリィの声が重なり、その声に蹴飛ばされたように、ジョンが雑踏の中に逃げ込んでいく。

「じゃあなっ!」

「ったく、ジョンったら」

「……おっさん」

「あら、お兄さん。大丈夫?」

 結構ショックが大きかったらしい。
 このときクロケットは二十五才。
 まあ、あのくらいの少年から見れば確かにおっさんには違いない。

「あたしたちは気にしてないから……ね」

 ジュリアとジュリィが両側からクロケットに体を寄せて、年の割に豊かな胸を腕に押しつけるようにして言った。

「……って、違う。俺は行くなんて言ってないぞっ!」

 その、あまりに大人びた感触にクロケットが正気に帰ったとき、雑踏が不意に割れた。
 クロケットの反応は素早かった。
 ジュリアとジュリィを抱きかかえ、露地の隅へと身を投げ出した。
 何が起こっているのか、クロケットにはおおかた判っていた。
 誰かが銃を抜いたのだ。

「!」

 しかし、それに狙われているのが、先刻の少年とは露ほども思っていなかった。
 ジョンの向こうに銃を抜いた男が見える。
 そこいらによくいる、チンピラだ。
 しかし、だからといってジョンの運命が変わることはない。
 彼にあるのは死だけだった。
 いまの体勢から、クロケットが起死回生の一弾を放つことはできない。
 そして、銃声が響き渡った。
 ジョンの背中に紅い花が開き、血煙が飾る。

「ジョオオンッ!」

 ジュリィが叫んでクロケットの腕の中から抜け出す。
 ジュリアは何も言わないまま、嗚咽を噛み殺していた。

「ジョンッ! ジョンッ!」

 ジュリィは、もう話す言葉持たない少年を膝の上に抱きかかえると、がっくりと肩を落として亡骸の上に泣き伏した。
 その背に手が置かれ、ジュリィは涙に濡れた瞳をあげた。
 そこには先刻までの空とぼけたような男の姿はなく、明らかな殺意を露にしたガンマンが一人立っていた。
 チンピラのほうはそれが判らなかったらしい。
 クロケットに向かって、肩をすくめて鼻で笑ってみせた。
 それが最期だった。
 クロケットのジャケットの裾が、瞬間はためいたかと思うと、次にはクロケットの右手の中に拳銃が出現していた。
 機関銃のような音が、三発、轟いた。
 だが、クロケットの銃口から硝煙はこぼれてはいなかった。
 にもかかわらず、チンピラの両の腕はちぎられて地に落ち、首は肩からぶら下がり、決して行けるはずもない天を呆然と見つめていた。
 ちぎれかかった首から血を噴出させながら、チンピラは生き様に相応しい死を迎えた。
 それを見たクロケットはわずかに銃口を動かし、謎の襲撃者にそなえた。
 もちろんその銃口はチンピラを殺した銃弾の入射角を計算したうえで動かされていた。

「撃たないでください」

 丁寧な、しかし沈痛な響きを隠そうともしない声がクロケットの怒りを鎮めた。
 クロケットは銃口を地に向けて、声の主を待った。

「すみませんでした。ミスタ・クロケット」

 そう言いながら姿を現したのは、ジュリアやジュリィとさして年の違わぬ少年だった。

「君は?」

「僕は、ソニィ・ホリディと言います。広域保安官、バーニィ・クロケット」

 これが、クロケットとソニィの出会いだった。


「それで?」

 と、雪乃は訊いた。
 シーツにくるまり、クロケットに体をすり寄せるようにして。
 クロケットはそんな雪乃を抱き寄せ、まだ汗に濡れている胸に手を滑らせた。

「それだけだ。あとはいつものことさ。それでも、モンゴックは三人にとって危険すぎた」

「だから……連れてきたのね」

 それにクロケットは答えなかった。
 特に答が必要な問いでもなかった。
 この《流星宮》でいま一番の売れっ子はジュリアとジュリィの二人なのだから。

「あの子たちに、そんな過去があったなんてね……じゃあ、あれは?」

「ジョンだよ」

 机に置かれた頭蓋骨は黒い眼窩でベッドの上の二人を物言わぬまま見つめている。

「そうだったの……」

「だから、さ。俺がやったことはいったい何だったんだ?」

「痛っ!」

 乳房に込められた力に雪乃が身をよじる。

「クロケット……どうしたの?」

「俺は……間違っていたんだろうか? ソニィに保安官のバッヂを与えたのは」

「クロケット……」

「俺は、あいつに逢ってから俺の背中のことはすべてにあいつに任せてきた」

 クロケットは類希なソニィのライフルの腕に全幅の信頼をおいていた。
 もちろんそのM73改がビリィの持ち物だったということは、出会ってすぐにわかった。
 そして、ソニィが何を求めてビリィの銃を手にして賞金稼ぎになったのかも。

「俺は、あいつがクリスの命を狙っているのを知りながら、あいつにクリスの仕事を見せた。クリスに賞金稼ぎのライセンスを与えたのは俺だと言うのに!」

 ぎり……という歯がみの音がクロケットの口元からこぼれた。

「雪乃……おまえはずっと反対していたよな。クリスが賞金稼ぎになることを」

 雪乃は黙って頷いた。

「なのに、俺はクリスにライセンスを与えた。あのまま、ここで働かせ続けたとしても、クリスはいつか必ず銃を手にしただろうから」

「そうね、あなたの言うとおりだと思うわ。だからわたしはもうクリスの生き方に口を挟もうと思っていないわ。たとえそれが血塗られた道だとしてもね」

 その言葉にはっとなり、クロケットは雪乃の顔を見上げていた。
 雪乃は微笑んでいた。
 とても優しく。

「たとえ、クロケット。あなたがソニィに関して間違いを犯していたとしても誰もあなたを恨んだりはしない。クリスも。きっとソニィも」

「しかし……」

 言い募ろうとするソニィの唇を、白魚のような雪乃の指がそっと押さえる。

「黙りなさいクロケット。お願いだから。あの子たちはガンマンなのでしょう? クリスはダグ〈ファイアーボール〉メイフィールドの娘。そしてソニィはビリィ・ホリディの弟、そしてあなたの元で〈ラピッド・ファイアー〉とまでいわれるようになったんでしょう。信じてあげましょう、あの二人が出す答を」

「信じることか……」

 雪乃の指に押さえられたままの唇がわずかに動いた。

「その答がどんなものであったとしても、あの二人が選び取った答なのだから。あなたが気に病む必要なんてどこにもないのよ。わたしがあなたに尽くす道を選んだように」

「……後悔してるか?」

 弱気な言葉を素直に吐いたクロケットの唇の端を少しだけつねって、雪乃は微笑んだ。

「あなたと出会ってから、わたしは一度も後悔なんてしたことはないわ。それに、わたしはいま少しだけ嬉しいのよ」

「嬉しい?」

「そう、あなたがこんな話をしてくれたのも初めてなら、わたしにこんなに甘えてくれたのも初めてなんですもの」

 クロケットは雪乃の言葉に苦笑し、体を覆う邪魔っけなシーツを剥ぎ取ると、大きくはないが形の良い雪乃の胸に顔を埋め、その頂点に息づく桜色の乳首に口づけた。

「甘えついでだよな、雪乃」

「ああっ……もう、ほんとにぃ」

 その雪乃の嬌声を最期にして、二人は言葉を捨て去った。


 ――つまるとこ、なるようにしかならないってことか。
 雪乃の寝息を聞きながら、クロケットは想い、窓へと視線を投げた。
 窓の外は陽が昇る一瞬の手前。
 光が闇と融合する、碧の刻。
 バーニング・ブルー。
 クロケットの想いは届くのだろうか?
 復讐という絆で結ばれてしまった二人に。


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up date 2001/8/17
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杜泉一矢 編集長斉東深月 Web担当けんけんZ