「虚無回廊」

 

 終わっていない物語を取り上げるのは失敗だったかもしれない...

 前回もちょっと書きましたが、まだ続いている話、というのは非常に苦手です。途中で待っていなければならない、という状況に我慢がならず、その後どうなるのか気になってしょうがない、という問題が一点(逆にプロアマを問わず、そう思わせないものはあまり読みたいと思わない)。終わってみなければ、伏線の拾い方等、全体の評価が出来ないから、途中で評価するのは(この先の流れを予測したり、こうなるといいなぁ、みたいなことを言うのも含めて)、作者に対して失礼なのかなぁ、という意識があるのがもう一点。まぁ、それでも、新聞連載小説や、雑誌連載のマンガなんかをずっと読んでたりすることはあるんですけどね。

 

 私は、マニアではないけどSF好きなので、小松左京氏の小説も読みますが、彼の場合、困った問題があります。

「長編」では話が完結しない。

という点です。「日本沈没」は、「第一部完」ということになっていて第二部は永遠に出なさそうだし、「首都消失」は、連載の都合もあって最後が尻切れになっているし、「こちらニッポン...」に至っては、作中の主人公が作者に向かって、この物語はもうあんたの手には余る、と独白することによって物語が投げ出されるように終わってしまう(その点「復活の日」はまだ希望があるような終わり方で何とか凌いでいる)。過去の名作、「ゴルディアスの結び目」や、映画のための小説「さよならジュピター」なら一応完結しているけど、話は流れて行ってしまっている、という印象を持ちます。多分、長編のテーマ的に「巨大危機における人類の対応」とか「宇宙とヒトとの係わり合いはいかにあるべきか」、「日本社会、もしくは世界文明をチェックする」といったものを取り上げているので、話が拡散方向に行ってしまうことが多く、問題点の指摘だけで、小説の紙幅が費やされてしまい、何らかの結論が出てくるまでには至らない、ということなんだと理解することにしています。

 これは、作者の思考実験のための舞台で、バーチャルグローブ(仮想地球)を使った実験装置を動かして、こんな状況を作ったら何が問題になるか、どうしたらいいのか、というつらつらした考えを「小説」という形で表現したもの、として読まないと、話が解決しないし、もやもやしたものが残るという困った長編です。物語文学ではなくて思想書として捉えるべきなんでしょうね。

 

 さて、今回の「虚無回廊」は、「地球外知的生命体とのファーストコンタクト」がテーマになります。舞台は、「長さ2光年、直径1.2光年の茶筒みたいな」人工物体……、途方もない大きさです。これに人類が探査船を送り出し、銀河系内他星系知的生命と接触を図りつつ、このとんでもない人工物(作中で、これは自然に出来たものでは、という伏線が張られ始めているので、断言は出来ないが...)の探査を行う、という物語です。

 勿論、こんなミッションの主人公を「人間」にやらせるわけにはいきません。何せ、片道数十年の宇宙飛行を行い、完全に未知の世界に送り込むのを、「すぐ死ぬ」人間が耐えるわけにはいきませんからね。そこで、AE(Artifical Existence)というものを主人公に据えます。「人間の意識をもった機械」なら、多少は無茶な環境でもなんとかなるでしょうし、数百年の単位でしたら余裕で存在し続けられますからね。 また、ただの機械(AI)だと問題があるファーストコンタクトにおける反応には、実存としての意識を持っているとして人間的な思考(それも機械的な知識のバックボーンを用いた形でたくさんの情報を元にした判断が出来る分、人間が行うよりはマシそうな思考)が使える、という便利なものが登場します。

 で、この人間モドキ(単体の人間よりはるかに優秀な知性体として描かれているものを「モドキ」というのも何だが。)の活躍と思考が、本編の中身になります。その彼(主人公は、H.Eというイニシャルなのでこれで良い)が、地球の呪縛を離れ、知性体との連帯を図って困難に立ち向かう中で、どうやって他星系生命体とのコンタクトをどうやって取るか、どうやってバックボーンの違いを意思疎通で乗り越えるか、この宇宙は何、その中で存在する知性体とは何、自分の意識を保つこととは何か、といった思考を巡らせて行くのですが、彼の結論はまだまだ先になりそうです。出ない可能性も多分にありますけど...最後には「大宇宙意識」みたいなものが現れるんじゃないか、って気すらさせます。まぁ、こうなったら、平井和正のSFっぽくなって、どんどん宗教との区別が付き難くなってくる方向に進む可能性が出てくるでしょうけど。

 かなり本格的なSFなので、科学の仮説がふんだんに現れてきて、その世界の舞台装置を理解するのが大変なしろものでもあります。3巻になって、「虚無回廊」の意味が出て来ましたが、その意味を理解するには、もう一回高等数学を勉強しないといけないんじゃないだろうか、(虚数概念がふんだんに出てくるので)という感じでして...この後、私は付いて行けるんだろうか?この思考実験は是非とも最後まで見守りたいのですが...

 

 一応、連載を再開するそうなんだけど、完結するまでこの話は続くんでしょうかね?

 

   「虚無回廊」   小松 左京 著

    元は徳間書店刊 現在は、1巻と2巻を「ハルキ文庫」として入手可
  
  3巻 角川春樹事務所 ¥1,600+税

 

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