ぐるり一周岩手の温泉


防潮堤に守られた町

宮古からさらに北上する。 田老町にさしかかったころ、不思議な構造物が目に入ってきた。壁?いやこれは堤防だ。しかし海辺にあるなら違和感はないのだが、これが町中にある。しかもここを道路が潜り抜けている? よくみると重そうな扉がついており、いざとなったら閉じることができるようになっている。どうにも気になって仕方がない。そこで町役場で聞いてみることにした‥‥。

陸に防波堤?

普段は行き来ができる

田老町の役場はすぐにみつかった。仕事中申し訳ないが、とにかくストレートに疑問をぶつけてみることにした。「あの〜ぅ、町の中にあるあの壁は何なんですか?」 するとそれが津波に対する防潮堤なのだということ、そして防潮堤は2段になっていて、町の中心部を端から端まで覆っているのだと教えていただいた。 三陸海岸は、世界で一番津波の被災記録の多い地域で、これまでに何度も津波の被害を受けている。特に1896年の明治三陸津波と1933年の昭和三陸津波は、近年わが国最大級の津波である。国道には三陸大津波がここまで到達したという表示もされていた。何故この地域に津波被害が多いであろう? それは三陸沖合いが活発な地震帯であことに加え、多くのV字湾を持つリアス式海岸であることによるという。津波のエネルギーが入り江部分に集中してしまうのだろう。実際このような防潮堤は田老町のみならず、岩手の大平洋沿岸の町でみることができる。

町を守る2段の防潮堤

国道にあった表示

ふたつある防波堤のうち海側のものには壁画が描かれている。田老町が神奈川県の女子美術大学に製作を依頼したものだとか。長さ200m、高さ10m、総面積2200m2は国内最大級なのだとか。案内板にはひとつひとつの壁画の意味が書かれていた。中には「雨ニモマケズ」の宮沢賢治の一説も。

防潮堤の壁画

案内板


INDEXに戻る

次のページへ