英語狂奏曲

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 英語教育が小学校一年生からはじめるだとか、英語塾に行かせると、国から補助が出るとか、まあ、どうしてこんなことになっちゃうんだろうという感じだ。日本全部が教育ママ(古い言葉?)になってしまうのだろうか。教育の専門家の方々による熟慮の結果なのだから、私の危惧を払拭するような、隠しだまがきっとあるのだろう。少なくとも今思いつくのは、退職したら英語塾でも開いて小遣い稼ぎでもしようか、ということぐらいである。

 必要に迫られる、というのが教育効果を高める一番の近道であろう。だけれど、今の日本、国際化時代(これも古い)と言われながらも、英語を話さなくてもさしあたって明日からの生活に困ることは無い人がほとんどだ。

 英語圏からの帰国子女を子供に持つ人なら、「お子さん、英語ができていいですね」なんて、言われたとこもあるだろう。他の人はどうか知らないが、私の場合、自分の子供の苦労をそばで見ていたから、イギリスに住んでいるからと言って、何も苦労せずに自動的に英語を覚えたように言われるのには抵抗を感じる。

 確かにゼロからのスタートで、イギリスの学校に行って一年もしないうちに英語で日記が書けるようになったのは事実だ。しかしそれは平坦な道のりではなかった。イギリスの小学校に行き始めて3ヶ月ごろは、英語でのコミュニケーションの壁にぶつかっていた。子供は、「"けんけんぱ"が出来ないから、学校行きたくない」と言い訳するほど幼い心を悩ませていたのだが、自力でがんばった。一年後に学校で書いた日記(もちろん英語で)の内容を覚えている。「昨日は、家の二階にコンピュータ・ゲームを持っていきました。僕はコンピュータ・ゲーム・ソフトをちょっとしか持っていないのに、ダッド(パパ)は何百と持っています」と、イギリス人ばりの誇張表現を折り混ぜながら、たどたどしいつづりで書いた日記を読むと、さすがに目頭が熱くなる。

「そう言う苦労をさせないためにも、小さいときから英語を勉強させるんでしょう!」という声も聞こえてきそうだ。しかし、現状でも少なくとも中学の3年間で英語を勉強している。

 3年じゃ短いですか?もう少し長い期間勉強していたら、もう少し英語がしゃべれるようになっていたんでしょうか?だらだらと期間を長くして、英語嫌いの人口を増やす前に、使える英語を効率的に教えることが出来る研究をすべきではないだろうか?私自身も中学校のときは、英語は嫌いだったし出来ない学生だった。

"本家"のイギリスでさえも"もっと効率良く英語を教える方法は無いか"と新しい教育法を試行錯誤しているのを知っている。また、先生に試行錯誤する自由が認められてもいるわけだ。

 英語さえ話せれば国際人だ、というのは、あまりに短絡的な発想だと思う。英語はコミュニケーションのツールに過ぎない。もっと大事なものは「伝えるべき内容をしっかり持っている」ことだ。中身が空っぽの人と話しをすることほど無駄な時間は無い、と感じた事があるのは、なにも私だけではないだろう。

 国際人になる前に、立派な日本人であってほしい、と思っている。自分のアイデンティティーをしっかり持っていること、これが自分の文化と相手の文化の両方を尊重しつつコミュニケーションできる"国際人"の最低条件だ。その上、語学力(英語とは限らない)があればなお良い、ぐらい。

 私に英語を教えてくれたイギリス人の先生は、人生観についても私の先生だった。「ケリー。あなたは子供に英語を覚えさせる前に決めなければならないことがある。あなたの子供を日本人として育てるか、文化無国籍人として育てるか。」

 小学校一年生から英語を教えるのは、果たしてどちらの選択なのだろうか?


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