血液型のウソホント

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 何の話をしていたときか忘れたが、イギリス人と話していて、血液型と性格の話題になった。日本で広く信じられている血液型性格判断、血液型占いの考え方(私は血液型信仰と呼んでいる)は、イギリスには無いようだ。最近私が思うに、血液型で性格が決まるかどうかよりも、血液型で性格を決めたがる、日本人の特性自体が面白い。

 さて、なぜイギリスに血液型に関するそういう考え方が無いのかびっくりしたものだが、それ以上に、イギリス人には日本人が、たかが血液型でその人の性格を決め付けようとするのかが不可解であったようだ。

 従って、「あなたは*型で、私は+型だから相性が良い」なんて言う話をイギリス人といきなり始めても、全く会話にならない。

 帰国後、新聞で読んだのだが、そもそも日本で血液型による性格判断が始まったのは、戦時中、徴兵した兵士の適正を少しでも早く判断して、配属部署を決めるために使われはじめた、というのが一つの説らしい。

 もちろん、その当時は統計を取ったりして、理論付けがされたのだろうと思われる。なんせ御国の大事、人の命がこの血液型性格判断にかかっているわけだ。だから、血液型判断が、根も葉もない考え方だと一笑に付すのはいけないことかもしれない。

 現に、あなたの回りにも、人の血液型を見抜くことができる人がいるでしょう?「あなたは几帳面な性格です、几帳面なはずです」と、長期にわたり言われ続けると、本当に几帳面な性格になるものらしい。

 一方イギリスでは、血液型による性格上の固定観念が無いから、結果として血液型と性格は関係が無い、という考え方もできる。

 一時期ドイツでは、美しい金髪を持つ人が優れていると信じられていたことがあったようだ。金髪の美しい少年が、半ば誘拐されるようにして集められた。国のため、という理由で。髪の毛の色で人の優劣を判断するなんて、ばかげているでしょう?

 血液型信仰も、同じぐらいばかげている。血液型や髪の色で性格が決まるのなら、身の回りにいくらでもある「あの人若いときは性格いい人だったのに、最近人が変わってしまったね」なんて現象がおきたりしないはずだ。

 そんなことよりも重要なのは、日本人が血液型占いを信じたがるという特性だ。初対面の人でも、ちょっとお酒が入ると、「ねえねえ、あなた血液型*型でしょう?やっぱりそうだ。」などと血液型の話を出す。

 日本人は、タイプ別グループ帰属意識過剰だ。血液型がこれだから私はこういうグループ(几帳面だとか、おおらかだとか)だ、あるいはこの年齢だから、こういう服を着なくちゃ。と、いうぐあい。欧米では、どちらかというと出身地、属する国、民族が話題に上がる。単一民族意識の高い日本人には、そういう「異民族」との区別をする必要がなかったから、血液型などで自分の属するグループを意識したいのかもしれない。

 あるいは、血液型信仰は日本人としてのアイデンティティー欠如の裏返しともいえる。


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