チョコレート_起源と歴史

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 冷蔵庫の奥から、ブラジルのお土産でもらったチョコレートが出てきた。ビターチョコレートの中にコーヒー豆が入っている。久々に食べてみると結構おいしい。

 日本では秋になるとお菓子業界が忙しくなる。お菓子の王様、チョコレートのシーズンになるからだ。店頭にはチョコレートが一斉に並び、各社、ここぞとばかりに新製品を導入する。

 年間を通して涼しいイギリスでは、冷蔵庫に入れなくてもチョコレートは溶けない。一年中チョコレートシーズンのためか、日本のように「ここ一番」という新製品導入タイミングが無い。去年と同じチョコレートが、今年も、おそらく来年も同じように売られる。

 種類もたくさんあるので、いまさら新製品もいらないのかもしれない。ミント入りのアフターエイト(夜のお菓子、といった趣。うなぎパイとは違うけど)。箱入りのロージズ、一粒一粒がみかんの「ふさ」のように分かれるオレンジ味チョコレート、それに多種多様のチョコレートバー。味の方もさまざまで、どれもが日本人の口に合うとは思えない。イギリスで自分好みのチョコレートを探す、というのも楽しいかもしれない(見つからないかもしれないけど)。

 そうそう、固形のチョコレートだけじゃなくて、ホットチョコレートという飲み物もある。ココアのような飲み物だ。暖かくしたミルクと一緒に出されることもある。

 資料によると、チョコレートの起源は、もともと飲み物だった。マヤ、アステカ文明ではカカオ豆をすりつぶし、どろどろにして飲んでいた。一種の強壮飲料として、王族など一部の人だけが飲んでいたらしい。中南米では、19世紀までカカオ豆を通貨として使うほど高価だったので、だれもが飲めるようなものではなかった。カカオ豆はブラジルやベネズエラが原産で、アステカを征服したスペイン人コルテスがヨーロッパに持ち帰ったという。アステカのモンテスマ皇帝からご馳走になったチョコラトルが疲労回復、興奮剤、媚薬の効果を持つことを知った。その後ヨーロッパでは、飲み物以外に薬としても長く使われることになった。

 実は、アメリカ大陸を発見したコロンブスが、コルテスより先にカカオ豆を見つけていたのだが、その価値が分からず、興味も示さなかったらしい。後の時代に、略奪したスペイン船にカカオ豆を発見したイギリスの海賊などは、ヒツジの糞と思って燃料にしたという記録まである。コロンブスから400年後、明治時代になって初めてチョコレートが日本に紹介されたが、全く口に合わず、高価でもあったのでなかなか普及しなかったようだ。

 さて、スペインに持ち帰った後も、やはり王侯貴族、特権階級だけが飲んでいた。製造方法も秘密にされていた。ところが当時の王族は、国を越えて結婚することがしばしばだったので、スペイン王女マリアテレサが、フランスのルイ14世と結婚した時にフランスに伝わったという。大航海時代だけあって、豆を盗まれたり、カカオを栽培した領地が略奪されたりして、とにかくヨーロッパ中に広まった。広まった先で、いろいろな試みがなされた。例えばスイスではミルクを入れることが考案されたりもした。

 カカオ豆は脂肪分が豊富で、そのために水に溶けにくかった。これを水に溶けるように、油を搾り取る事に成功したのが、オランダ人のヴァンホーテン。油を取って粉にしたのがココアパウダー。やっと人類はココアを手に入れたわけだ。絞った油の方はココアバターと呼ばれ、体温で溶ける唯一の植物性油脂として、坐薬や軟膏にも使われた。

 イギリスでは17世紀、チョコレートハウスというのができて、当時はやったコーヒーショップなどより高級とみなされていたようだ。1847年に、イギリスのフライ社が、世界で初めて固形のチョコレートを開発した。ココアパウダーと、砂糖、ココアバターを混ぜて、型に流し込んだのだ。(ライバルのキャドバリー社が最初だったとの説もある。)

 こうしてみると、我が家の冷蔵庫の中に埋もれていたブラジルのチョコレートも、ブラジルから3〜4000年の時間をかけて、マヤ、アステカ、大航海時代のスペイン、フランス、スイス、オランダ、イギリスを渡ってきた歴史があるわけだから、ありがたく頂くことにする。

バレンタインデー


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