ロンダ・ヘリテージ・パーク

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 カーディフから北へ車で1時間ほどのところに、ロンダ渓谷という場所がある。ここロンダ渓谷一帯は、19世紀、石炭産業が華やかだった頃に、発展した町のひとつだ。カーディフで"バレイ"(Valley=谷)と言えば、この辺のことを指す。

 ロンダ渓谷に、かつての石炭採掘場をそのまま博物館にした、ロンダ・ヘリテージ・パークがある。施設の中でも最も目を引く、天を突くヘッド・ギアは、その先端の車輪で、坑夫たちを乗せたカゴ(Cage)を地底から地上に巻き上げる。

 現在ここを訪れる人は、このケージに乗り込み、坑道を通りぬけるガイドツアーに参加できる。この坑道にはちょっとした仕掛けがしてあるのだが、全部言ってしまうと楽しみが無くなるので、ここでは説明を省略する。

 かつて、この地底のツアーが始まる前までは、地上に残っている施設を見てまわるガイドツアーがあった。面白いのは、本来の施設の説明よりもむしろ、ガイドしてくれる人達が、実際にこの炭坑で働いていた人達である、という事だ。

 地上に残る施設と言っても、実際に見てまわるのは3個所ぐらいで、すぐ終わってしまう。特にお客さんが少ないと、ガイド役の人も暇らしく、いつしか本来の説明からどんどん脱線してしまい、最後には身の上話となる。

 あるときは、この炭坑(ピット)が閉鎖になったときの話しになった。

 「そりゃあ、なあ、お客さんよ。まあ、パブで一杯やりながらじゃねえと、話せるような話じゃあないんだが」。おや、ひょっとしてもう出来あがってらっしゃる?「簡単に言うと、俺たちゃあ(当時の)政府にだまされたってわけよ」。

 彼が白髪混じりの頭をなでつけながら、ウェールズ訛りで言うには、石炭から石油へのエネルギー転換を図っていた政府は、炭坑閉山に抵抗を続けていた坑夫組合を弱体化するために、組合を分割し、片方の組合を裏で支援しながら、炭坑閉鎖後の再就職確保の口約束をし、とうとう1990年に炭坑を閉鎖してしまった、という事らしい。

 余談だが、日本の石炭産業について、ここロンダの人は良く知っている。日本の何とかという炭坑で起きた事故が、世界で一番多くの被害者を出した、なんていうことも、ここの説明員から教えてもらったりした。

 一度は、たまたま取材に来ていたBBCウェールズにインタビューされた事もあった。

 「私は日本から来ました。生まれ故郷の近くにも、同じ時期に石炭で栄えた町があります。石炭産業の繁栄と、衰退、そこで働いていた人たち。遠く離れたイギリスで多くの共通点を目にし、感慨深いです。」とか言うようなことを言ったと思う。

 2ヶ月後の金曜日に放送があり、月曜日には皆から"TVスター"と言われた。

 石炭は当時、ブラック・ゴールド(*1)と呼ばれるほど社会的に重要なものだった。坑夫の仕事はつらく危険な仕事ではあったが、同時に誇り高い仕事でもあった。

 写真は坑夫が坑道に持っていくカナリアの鳥かご。坑道に有毒ガスがたまっていた場合、まず、人間より先に、カナリアがぐったりする。それを見て危険を察知し、その場を離れる、という使い方をした。カゴの上のボンベはぐったりしたカナリアを生き返らせるための酸素ボンベ。

 "再利用です"とは説明員の言葉。

ロンダヘリテージパーク(PC用画像)

Rhondda heritage park カーディフからA470を北へ、A4061を北西へ。

*1:筆者修正 2001/07


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