シェア至上主義の功罪

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 市場占有率、マーケットシェアをどれだけ取っているかが、企業の一つのバロメーターだといって、反論する人は少ないだろう。業績が良くて占有率が高い会社は優秀な会社だと考える。

 ところでシェアとは、奪い取るものだろうか、それとも分かち合うものだろうか?日本企業のほとんどが、前者、つまりライバルメーカーをすべて駆逐すれば、自分たちの明るい未来がくると信じているのに対し、欧州企業は、後者、共存の考え方を今でも大切にしているところが多いように思える。

 狩猟民族にとって、人一人が食べていけるための動物の数、あるいは縄張りというのは、自然に決まっていたに違いない。分不相応な広さの縄張りを持てたとしても、自分が捕る獲物の量はそれほど増えなかっただろう。同時に貴重な食べ物を家族や仲間で平等に分けるというルールができていたはずだ。これに比べてわれわれ農耕民族は、より広い土地、より多くの水を確保することがどうしても必要だった。結局、農耕民族のほうが「シェア」を奪い取るのに必死にならざるを得なかったのかもしれない。加えて欧州の場合、宗教による価値観の影響も無視できないだろう。

 欧州市場にはまず日本が、次いで韓国企業が相次いで参入した。それまでの欧州マーケットには、急激な変化は少なく、安定していたという。もちろん企業の盛衰はあったし、企業買収など日常茶飯事ではあったのだが、メガコンペティションの時代といわれる現在ほど激しくはなかった。市場のパイは決まっていて、そこから自分の受け持ち分に商品やサービスを提供してきた。

 良くも悪くも特権階級と労働者階級が存在しているように、高級な商品、サービスを必要とする消費者と、実用的で手ごろな価格を望む消費者がいる。企業側も、それぞれに対応したサービスを提供すればいいのだ。高級自動車メーカーは、富裕層に受け入れられるサービスを適正な費用で提供していれば、無理に大衆車を作らなくてもやっていける。欧州企業は、自分の得意分野では競争もするが、そうでない分野では、お互いに助け合ったりする。高級自動車メーカー同士も、コンペティター(競争者)ではあるが、ライバル(かたき)ではないという感じだ。

 さて、日本や韓国メーカーの「侵略」によって、欧州企業は急に忙しくなった。「外から来た人たち」のせいで、今までのやり方では、自分の取り分が減ってしまうからだ。「昔は良かった。あんた達、日本人や韓国人が来るまではね」とは、よく聞かされた愚痴だ。

 競争は悪い影響ばかりでもない。英国市場では、高級車でもシンプル装備。ちょっと前のベンツも、ラジオでさえオプション扱いだったそうだ。フェンダーミラーも運転席側に一個付いているだけ。そんな市場に、はじめからラジオもミラーもついていて、品質が良く値段も安い日本車が入ってくると、ベンツのミラーもやっと左右両方付くようになった。日本式の「奪い取るシェア」にも、功罪両面があるわけだ。


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