安吉にかけて!まいまいひめ

『ひめ』のプロフィール

・姫は7月16日生まれで、40歳(昨年40歳になったのか、今年40歳になるのかは不明)
・『まいまいひめ』なる名称は、当時の小学校5、6年生からの公募により付けられた。
 100人以上の人が推したとか・・・。
・モチーフは「だいろ」という民話から取られたらしい。
 (この辺の民話を知らないんで題名は聞き違いかも/投稿者さん談)
・結構著名な芸術家が作ったらしい。
 芸術的価値は長岡造形大学教授が現在研究中。


ナメクジ疑惑

 上記の「だいろ」は「かたつむり」とのこと。ナガオカ方言らしいが主宰はまったく聞いたことがない。また、「だいろ=ナメクジ」という異論が栃尾方面で出ており、「実はナメクジひめ」疑惑が囁かれていたが、岩室方面より再び「だいろ=かたつむり」の声が。弥彦スカイラインにある『だいろ坂』は、かたつむりの殻のような急カーブというところから名付けられたとのこと。「だいろ=ナメクジ」は栃尾方面のみの用法のようである。中越地区のカタツムリは、もしや栃尾で殻を脱ぐ・・・?


西の蝸牛 東の鯉

 『ひめ』のお相手に関する情報が。
『ひめ』から東へ約1キロ、長岡駅東口に、『ひめ』に対峙する像がある。『ひめ』のパートナーがかたつむりならば、それのパートナーは『鯉』。ハトヤのCMのように、ぴちぴちの鯉をかかえている像なのだが、投稿者さん・主宰ともども記憶がオボロゲで、像の性別、タイトルともに不明。
「まいまい姫とこの像、まるで、長岡の中心部である長岡駅・大手通りエリアの東西の鬼門を封じるかのような配置」と投稿者さん談。うわー、風水。


さよなら!?まいまいひめ

 ミレニアムの夏、衝撃の情報が。
老舗和菓子屋『紅屋』をその頭上の『吉乃川』大電飾とともに消失させた大手通りをまっすぐにする計画・人呼んで『大手通りをまっすぐにする計画』により、『ひめ』も消えてしまったらしい。風水的守りを失った大手通りのさらなる衰退が危惧される…というか、ショックですうううう〜。


吉報 2000秋

 ミレニアムの秋、驚愕の続報が。
どうやら『ひめ』はまだあの場所におられるらしい。
投稿者さん談、

 「まだ彼女は元気に(?)いつもの場所にたたずんでおりました。
 『吉乃川』の電飾は紅屋重正とともに見事に跡形もなく取り壊されて
 おりましたが・・・。しかしやはりあそこの道路は幅が広くなるのは
 確実で、そうなると明らかに真ん中から外れている彼女はどうあって
 もそのままという訳にはいかず、今後の動向が懸念されるところです」

『ひめ』、そしてナガオカは、どこへ行こうとしているのか…。


期待通りの出来レース

 『ひめ』の命名にかかわる新説が。

 「まいまいひめの名前が5、6年生による公募で決定されたとありま
 したが、私のおばあちゃん(当時おばちゃん年代)も応募したと言っ
 てました。
 新聞(または折りこみ広告)紙上で募集があり、その『例』の1番最
 初に『まいまいひめ』とあったので、多くの市民が
 「それでいいねっか。賛成」
 という具合に投票したのだそうです。
 ちなみに私のおばあちゃんは『幸呼(さちこ)姫』と考えて、友達と
 何人かで協力して応募したそうです。」

これはなんとも出来レースというか、市民は素直だなあというか。


サイドストーリー・平和の像

 『ひめ』の行く末が危惧されている昨今、聞き捨てならない情報が。
 かつて、上越新幹線開通にともなう駅前リニューアルの際、流転の運命を余儀なくされた『像』がいたらしい。その名は『平和の像』。十字架のように両手を広げた女性の下に、チビっ子が数人いるというイカニモな像であるが、工事のために駅前から撤去されたあと、悠久山→明治公園と流浪の旅を続け、今では行方不明であるとのこと。彼女らがどこでどうしておられるのか気がかりであると同時に、『ひめ』の今後が大不安……と思ったら、続報が。
 本町3丁目に『平和の森公園』というところがあり、『平和の像』はそこにおられるとのこと。寺町界隈なので、「ちょっと不気味っぽい場所」らしいが、像の慰霊パワーに期待大。


くるりんニアミス事件

 『ひめ』の移動先を案ずる前に、『まいまいひめ』という名の存亡にかかわる情報が。2000年9月に長岡の循環バスの愛称公募があり、何と入選作のなかに『まいまい』があったという。『ひめ』の名がバスに奪われてしまうのかと危惧されたが、決定したのは『くるりん』。加勢大周と坂本一生のような争いにならなくてよかったですね、って、誰も覚えてないってそんな騒動。


像に歴史あり

 『ひめ』の像仲間『平和の像』続報。駅前から密かに消えたものと思ったら…。

「平和の像」ですが、確か私が中学のときに(時代考証はしておりませんが)長岡駅前のリニューアルにともない「撤去」という話になりまして、場所が正式に決定するまでは一時「悠久山へ」というステップだったと思われます。

 ちなみにその除幕式(というか献花式みたいなやつ)に、私、市の中学生を代表しまして参列しました。
 それとも小学生だったかな?小学生のときは児童会長やっていたもんで・・・
 『わたしたちの長岡』の中に「平和の像」の「いわれ」が載っていたように記憶しています。

 なんと、移転セレモニーがあったとは。『わたしたちの長岡』って、小学校の低学年の社会の教科書のアレでしょうか。私のイイカゲンな記憶が確かなら、発行は『覚張書店』だったような。違ったかなあ。
 また、『ひめ』のもうひとりの像仲間、東口の『』については、

 影も形もすっかりなく・・・。

という悲しすぎる続報が。それぞれの道を歩むナガオカの像たちでありました…。


飛躍の鯉

 東口の『』、衝撃の続報。なんと、その行方を長岡市役所にメールで問い合わせたという行動派の像ウォッチャーさんよりご投稿が。

「担当部署の方から、丁寧な回答をいただきました。そのメールを抜粋してご報告。

ご指摘の像は、昭和34年当時に、台町二丁目町内会長さんなどの提唱による都市美を強調するための建造寄付計画により建造されたもので、新潟市の早川亜美氏の作品です。
同年10月25日に当時の内山由蔵市長の手で除幕され、「飛躍の鯉」と命名されましたが、由来は不明です。

長岡駅東口再開発事業に携わった職員の話では、
・当時の「栃鉄」(現在の越後交通)と地域住民の寄付により建造されたようである。
・昭和54年から55年ころ、駅周辺の再開発事業により取り外し、JR敷地や曙公園に数年にわたりブルーシートで保護し、保管した。
・昭和61年ころ、当時の地域住民や製作者(美術関係者かもしれない)に相談したところ、相当老朽化(モルタル作りで、動かすとぼろぼろと崩れる状態)しており、美術的価値も特段ないとのことで処分せざるを得なかった。

とのことでありました。
あぁ、やっぱり完全に姿を消してしまったのですね…。
早川亜美という人は、検索してみましたら、黒川村の越後胎内観音やその他もろもろの像を新潟県内で造った人のようです」

なるほどでございます。ご本名は『飛躍の鯉』でしたか。再開発という街の飛躍のために消えたというのも何とも因果な。そう考えると、像って人モノ動物モノよりも、何がなんだがわからない現代美術系のほうが、イザってときのアワレ感がないのかも知れませんねー。


まいまいまいまいひめ

ものすごく久々に「ひめ」情報。不動と思われた、まいまい&ひめのユニットに、2004年春なんと新入メンバーが! 投稿者さん談、

「殺風景だったまいまいひめ周辺ですが、2004年春にリニューアルしました。

これは、カギ型交差点の直線化により道路北側が空き地になったことによるものです。
一帯は遊歩道化され、姫の足元にはもう1匹のかたつむりが新たに誕生。
ひめの由来が書かれた説明板も設置されました」

うおー、いつのまにか「まいまい」2倍ー! まあ、カタツムリは雌雄同体ですから、単為発生も可能……かな?と思ってぐぐってみたら、雌雄同体同士で交尾してなんと両方妊娠するらしい。そう思うと下の説明板にある「だいろ」の、ただでさえ軟体動物フェチっぽいストーリーがさらに妖しく感じられ……。

...To Be Continued!



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