今週のメッセージ 2001.9.16

相手を思い遣る心こそ突破口

去る11日、ニューヨークで起こった同時多発テロに関し、いろいろな見方があることは仕方がない。しかし、イスラム教対キリスト教という見方は避けて欲しいと思う。まだテロの実行犯が確かな証拠のもとに明らかにされたわけではないが、大方はイスラム過激派と見ている。仮にそうだとしても、イスラムの教えそのものは他の宗教との共存を伝統とし、この度のテロを支持正当化するものではないといわれている。

テロ勃発直後、ヨルダン川西岸で湧き起こった歓喜するパレスチナ人の映像がテレビを通じて世界中に流れ、世界中の非難を浴びているという。それに対し、アラブ連盟の広報官は、被害の状況が分からない段階で一部の人間が騒いだだけで、私たちは深い悲しみと衝撃を受けていると弁明し、イメージの修復に懸命だという。真のイスラムの教えに立てばそうだと思うし、またそうあるべきだと思う。また今度のテロで、数千人の民間人が犠牲となってしまったが、イスラムの教えは民間人を殺すことは禁止しているという。

もちろん、テロリスト達の蛮行は決して許されるべきではない。さりとて軍事的報復で決着をつける仕方はよくない。あくまで国際社会にあって、その法の下で厳正な裁きを受けさせる方向に努めるべきだ。

しかし他方では、なぜこうしたことが起こってしまったかを考えねばならない。こうした自爆テロの背景には、展望なき社会が反映されているという。現代国際社会の仕組みの中で、強い経済力と軍事力にものを言わせ、自由競争の名の下に、弱者を虐げ、切り捨て、踏み台にしているようなところがありはしないか。蛮行の背後にある相手の悲鳴やうめきを思い遣る心から、突破口が開けて来るのではないだろうか。