今週のメッセージ 2003.6.29

敬愛する先輩M師の葬儀に参列して

 

先週の水曜日(25日)の夜、敬愛していたM師が静かに主の御許に召されていかれました。享年70歳、伝道・牧会生活46年の地上生涯でした。

葬儀は、師の遺志により「お別れの会」として、金曜日(27日)に教職を対象として、さらに翌土曜日(28日)にご親族・教会員を対象として、牧会されていた教会(東京・中野)で執り行われ、わたしは金曜日に列席させていただきました。

昨年4月に膵臓がんと診断され、同月24日に入院されたのですが、約1年2ヵ月の闘病を経ての天への凱旋でした。

師とはある委員会で10年ほどご一緒させていただきましたので、「お別れの会」で語られた生前の人となりは頷いてお聞きすることが出来たのですが、ひとつ、非常に感銘深く伺ったことがありました。それは師が、がんの進行のためお体が非常に辛くなって来られた時、“祈りはもう全部聴かれたので、早くお召し下さい”とおっしゃったということです。

全部聴かれたというのは、恐らくご自分の病気や最後に関わること、そして教会の伝道・牧会のバトンを後任者に託すことに関する祈りについてだと思われます。それにしても“全部聴かれた”と言えることはなんとすばらしいことかと思わされました。身勝手な祈りをしていては、決して言えない言葉です。また、いい加減な祈りをしていては、口に出来ない言葉です。師の生前の徹底した祈りの生活を感じ、お手本にしなければと思わされました。

併せて、キリスト教などに縁はないとお思いの方々に、祈りは決してモノローグではなく、それを聴いて下さる方がおられ、それに応えて下さる存在がおられることを覚えて欲しいと思った次第です。