今週のメッセージ 2006.4.30

われらの復活の希望の根拠

 

「しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(1コリント15:20)

 

去る4月16日(日)が復活祭(イースター)だったこともあり、3回ほど『復活』に関わることを記しました。

キリストの復活が、何故重大な出来事なのかと言うと、それはわたしたちの復活の根拠となることだからです。新約聖書の中の“復活の章”と呼ばれる?コリント15章に、「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです」(16節)とあるように、キリストの復活はわたしたちの復活と密接に関わっています。すなわち、それは、わたしたちの復活の希望の確かな根拠となっているのです。同じ15章にある冒頭の聖句は、そのことを単的に示しています。「眠りについた人たち」とは死者の婉曲的な表現です。キリストは死者の中から「初穂」として復活されたのです。それにより、後に続いてわたしたちも復活する道が開かれたのです。イタリヤのことわざに、“まともに見つめられないもの、それは太陽と死”というのがあるそうですが、死ばかりは人間にはどうすることも出来ません。故に、見つめないようにする、すなわち、考えないようにするしかないわけです。病院に“死”の連想につながる“4号室”がないのもその故です。しかし、キリストは復活を以って死に対する勝利を明らかにして下さり、わたしたちに死を越える道を開いて下さったのです。ハレルヤ!

「主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださると、わたしたちは知っています。」(新約聖書・?コリント4:14)