今週のメッセージ 2009.1.11

主イエスは命のパン

 

終戦後の混乱期に、私財を投げ打ってエリザベス・サンダース・ホームという施設を作り、約2千人もの混血児を育てた方に沢田美喜という方がおられる。1980年5月にスペインのマジョルカ島で客死されるのだが、その翌年、「母たることは地獄のごとく」というタイトルで沢田さんを主人公にしたテレビドラマが放映された。

「私よりも子を捨てた母親の方がずっと地獄だったはず」といって沢田さんは息を引き取るのだが、捨てられた混血児や捨てた母たちの生きざまにも目を向けて作られていたドラマだった。

混血児の苦悩は、孤児であることや皮膚の色の違いもさることながら、最も奥深くにあるものは、罪の結果生まれた存在としての自分、歓迎されざる誕生を以って始まった自分、ということなのだ。

こうした苦しみは、人はパンだけで生きる存在ではないことを痛感させられる。そこでは身体的健康も、経済的不自由のなさも何の救いの力にもなり得ないのだ。

そんな時、あらためて「命のパン」といわれるキリストのすばらしさを思う。

「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」(新約聖書・ヨハネ6:35)

そして、キリストにあって生きることの救いを思う。

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」(新約聖書・Uコリント5:17)