今週のメッセージ 2010.2.28

神の愚かさは人よりも賢い

 

表題は、「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです」(Tコリント1:25という聖書の言葉からのものです。

その典型的なものの一つが『ヨハネによる福音書』11章に出てきます。

そこにはまず、死亡し葬儀も済んで埋葬され、死後4日を経過していたラザロという人を、主イエスが甦らせるというとてつもない奇跡が記されています。それにより、「目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた」(同45節)とあります。

しかし、そのことで脅威を覚えた人々がいました。かねてよりイエスに敵対していた祭司長たちそしてファリサイ派と呼ばれていた人たちです。彼らは、イエスにつく者たちが増え、それが支配者のローマに見咎められでもすると、国が滅ぼされかねないと案じたのです。議会を召集し、対策を練るのですが、カイアファという大祭司が、「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む」(同50節)方法としてイエス殺害を提案し、「この日から、彼らはイエスを殺そうとたくら」むこととなったのです(53節)。カイアファはこの考えを名案と自賛しました。

ところで、この大祭司カイアファの「イエスが国民のために死ぬ」(51節)という言葉を、聖書は来るべきイエスの十字架の死を預言する言葉と言っています(51節)。言った当の本人大祭司カイアファは、そんなことなど露だに考えなかったのですが、神は、なんと敵対者のボスの口を用いて神のご計画を預言させたわけです。

この後、祭司長たち、ファリサイ派の人々の思惑通り、主イエスは十字架刑に処せられるのですが、このことはまさに神が信じる者たちを永遠の命の救いに入れるためのキリストによる贖いの死の成就となったのです。