今週のメッセージ 2011.5.22

眠りについた人たちの初穂として

 

「しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(新約聖書・Tコリント15:20)

これは“復活の章”として知られる新約聖書中の『コリントの信徒への手紙 一』に出てくる御言葉です。この15章の最初の部分で著者パウロは、「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたこと」の前置きのもとに、キリストの十字架と復活を提示し、続いて復活のキリストの顕現とその目撃証人たちをリストアップします。

次にパウロが記しているのは、キリストの復活と死者の復活との関係です。彼は、「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです」(16節)と言っています。キリストの復活は、決して単にご自身が神の御子、救い主であること、すなわち人間に対する優越性を誇示するようなものではありません。それはわたしたちの復活のためのものでした。冒頭の御言葉はそのことを示しています。「眠りについた人たち」とは「死者」の婉曲的な表現です。そしてわたしたちも、一人の例外もなく、やがて必ず「眠りにつく」時がやって来ます。キリストは、「眠りについた人たちの初穂」として復活されたのです。それはわたしたちもそれに続いて復活することが出来るためです。そして、今キリストは天におられると言うことが出来るのは復活されたからです。キリストがいつの日か再び来られると言えるのも復活の故です。そのとき、「キリストに属している人たち」は復活し(23節)、次いで「世の終わり」が到来し、神に敵対していた「すべての支配、すべての権威や勢力」は滅ぼされ(24節)、そして、「最後の敵として死が滅ぼされ」るのです(26節)

実にキリストの復活は、わたしたちの救いの魁(さきがけ)なのです。