今週のメッセージ2011.7.10

誠実と金銭管理

 

先週に引き続きR・ウォレンの著作『人生を変える力』への言及から始めましょう。

その中の「9.誠実な人になる」において、“誠実さ”の8つの特徴が挙げられているのですが、その中には「誠実」とは直ぐに結び付けにくいものがいくつか入っています。先週取り上げた“『後悔』と『心配』は時間の無駄使いの代表選手”というのもその一つですが、“金銭管理”もその類といえるでしょう。

氏は、いきなり“十分の一献金”を引き合いにだして記しているので戸惑いを覚える向きもあるかも知れませんが、それはそれとして聖書が示している献金についての基本的な理解について考えてみましょう。

ローマ12:1において、礼拝が自分の体を神にいけにえとして献げる、即ち、献身として意味づけられているように、献金も献身を根底に持つものとして教えられています(Uコリント8:5参照)。

ところで、ルカ16章に主イエスがなさった「不正な管理人の譬」の話があります。ある金持ちの主人に仕えていた管理人が財産管理において不正を働き、それが主人の知るところとなり、会計報告の提出を求められるのです。すると管理人は解雇後の対策のために、主人から借金している人々に証文を書き換えて借金額を軽くする便宜をはかるのです。すると主人はその不正な管理人のやり方をほめるのです。その辺からこの譬はこの世の金銭管理の話しから永遠の価値の霊的な話しへとスイッチされ、永遠の価値あるものが自分のものなるために、この世の富の管理を神に対して誠実になすべきことが勧められるのです。「あなたがたは神と富とに仕えることはできない」(13節)が締めくくりの言葉となっています。