今週のメッセージ 2012.3.18

主イエスによるコペルニクス的転回

 

プトレマイオスの天動説に対してコペルニクスは地動説を唱えました。やがて天動説は退けられ、地動説が受け入れられました。180度の大転換でした。後にドイツの哲学者カントは、思想的大変革に「コペルニクス的大転回」という表現を用い、それは今でも使われています。

ところで新約聖書の中に、主イエスによるコペルニクス的転回が二つ出てきます。

一つは、ルカ1025-37に出ている『善いサマリア人の譬話』に出ているものです。律法の専門家による「わたしの隣人とはだれですか」(29節)の問いに対してなされた主イエスによるお話しですが、話し終えると主イエスは、彼に対して、「だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか」(36節)と問われます。この律法の専門家の問いと、それを受けての主イエスの問いとの間にコペルニクス的転回が起こっているのです。すなわち、「わたしの隣人」に対し、主は、「追いはぎに襲われた人の隣人」と受けておられます。前者が自己中心であるのに対して、後者(主)は他者が中心になっているのです。つまり「自己中心」から「他者中心」へのコペルニクス的転回です。

もう一つは、お話しの中で表には出て来ませんが、天におられた神の御子が、人となってこの地上に来られたということ、また、何の罪もない、全く聖い神の御子が、後に極悪人同様に十字架刑に処せられたことです。

先のものは、わたしたちの弱さと罪深さを抉り出し、後のものは、罪の故に滅ぶ以外になかったわたしたちに、主が、言わば「善いサマリア人」となって下さったことにより永遠の命の救いの道が開かれたことを示しているのです。