今週のメッセージ 2012.7.29

礼拝における『十戒』の唱和

キリスト教会の礼拝における中心的な要素は、神からのメッセージとしての聖書の御言葉の説き明かしとそれに対するわたしたち人間の側の応答です。それを中心にさんび、信仰告白、祈り、献金といった要素が礼拝を構成します。

前回少し触れましたが、わたしたちの教会の礼拝では、信仰と生活の三本柱といわれる『十戒』、『使徒信条』、『主の祈り』を工夫して織り込んでいます。『使徒信条』と『主の祈り』が織り込まれている教会は多くあると思いますが、『十戒』を織り込んでいる教会はあまりないのではと思います。

『十戒』は旧約聖書の出エジプト記202-17と申命記56-21に記されています。「十戒」という言葉そのものは出エジプト記3428、と申命記413104に出てきます。新共同訳では「十の戒め」、協会訳では「十誡」、新改訳では「十のことば」となっています。原義に一番近いのは「十のことば」です。ヘブル語の旧約聖書を新約聖書と同じギリシャ語に訳した70人訳では「十のことば」を意味する「デカ・ロゴイ」となっています。

「十戒」「十誡」となると戒めの感じが強くなりますが、原義は「十のことば」なのです。そしてその前に置かれている序文では、「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(出202、申56といわれています。この戒めを守ったらエジプトの奴隷のくびきから解放しようと条件のように提示されているのではなく、奴隷のくびきからの解放の恵みはすでに与えられていて、その恵みに応える生き方として「十のことば」が示されているのです。これを踏まえ、キリストの救いの恵みに応える生き方として「十戒」を唱和するのです。