今週のメッセージ 2012.9.9

二百二十日

 

先週は、立春から数えて二百十日目となるいわゆる「二百十日」について触れました。ところで、同じく立春から数えて二百二十日目となるいわゆる「二百二十日」もあります。明後日の9月11日頃がそれに当たります。先の二百十日と同様、台風の襲来が多い時節として特別な呼び名がついているようです。さらにこれらは、「八朔(はっさく)」と併せて農家の三大厄日とされています。「八朔」の「朔」は「ついたち」の意味で、従って「八朔」は八月朔日の略で八月一日のことです。その頃は早稲の稲が実る時期ですが、先の台風と共に病害虫の被害をこうむることが多いため、農家では三大厄日の一つに数えられているようです。

厄日の反対語として「吉日」があります。何か事を行うのに縁起のよい日、めでたい日というわけです。

ところでキリスト教にはこうした「吉日」「厄日」といった考え方はありません。一般的に「13日の金曜日」などと言われ、キリストが十字架につけられた時、最後の晩餐を共にした13名でその内の1名が裏切り、その日は金曜日だったことから縁起の悪い日とする向きもあるようですが、キリスト教信仰には全く関係はありません。

「見よ、今は恵みの時、見よ、今は救いの日である。」(新約聖書・Uコリント6:2、口語訳)」

この御言葉の前にある5章の最後の21節では、「神はわたしたちの罪のために、罪を知らない方を罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためである」とあり、それに先立ち、「神の和解を受けなさい」(20節)と勧められています。実に「今」は、キリストによって神と和解させていただく「恵みの時」「救いの日」なのです!