今週のメッセージ201/04/17)

神の御名前


 「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。」(旧約聖書・出エジプト記20:2)

 キリスト教会において“信仰の三本柱”と呼ばれるものがあります。一つは、神に向って、「われは天地の造り主、全能の父なる神を信ず。・・・」と信仰を告白する『使徒信条』と呼ばれるものです。二つ目は、神がわたしたちに向って、「あなたはわたしの他に何ものをも神としてはならない。・・・」と命ずる『十戒』です。そして三つ目は、わたしたちが、「天にましますわれらの父よ」と呼びかけて献げる『主の祈り』です。

 二つ目の『十戒』は、神の十の命令から成っているのですが、命令に先立って前文が付いています。それが冒頭に記した聖句です。

 この中の「わたしは主」「主」は特別な意味を持つ語で、“ヤーウェ”あるいは“ヤハウエ”という「神の御名前」を表すものです。そこで、神の聖なる御名を口にするのは畏れ多いということで“アドーナイ”という語に置き換えて読まれたそうです。原典のヘブル語から、当時、世界の共通語的存在であったギリシャ語に訳された七十人訳と呼ばれる聖書は、この語を“ キュウリオス”と訳しました。そして日本語聖書はそれを「主」と訳したというわけです。さらに、神の聖なる名でない「主」という語と区別するために、新改訳聖書と呼ばれる聖書では太文字で記されています。またRSVと呼ばれる英訳聖書では、大文字で“LORD”とし、他の主を表す“Lord”と区別しています。

 前置きが長くなりましたが、人は、名前を覚え、名前を呼ぶことによって関係が生まれます。神は、わたしたちがご自身の名を覚え、名をお呼びすることによって神に近づくことを喜ばれ、求めておられるのです。