今週のメッセージ(2016/06/19)

三種類の生き方


先週、「キリスト教会に対する攻撃」という主題の基に記しました。

それらは新約聖書中の使徒言行録という書に出て来るのですが、その第五章を見ると、教会に対する再度の攻撃において、ペトロや使徒たちの再逮捕とそれに続く裁判が記されています。そして、それに関わった人々の生き方を観るとき、三種類の生き方を発見するのです。

一つ目は、大祭司とその仲間のサドカイ派と呼ばれる人たち、即ち、国家権力者たちの生き方です。彼らは、使徒たちの主張、即ち、主イエスの十字架の死からの復活、また、それを根拠にしたイエスはキリスト(救い主)との証言に対し、それを吟味しようとか、自分たちの判断と取った処置について再検討しようという姿勢は皆無の独善的拒絶的な生き方です。

二つ目は、律法の教師ガマリエルに代表された生き方です。即ち、イエス・キリストに対して反対はしないが、さりとて積極的に信じようとするわけでもない、いわゆる傍観的中庸の生き方です。これは詰まるところ、結局は不信仰かつ不従順の生き方と言わざるを得ません。

三つ目は、ペトロをはじめとする使徒たちの生き方です。それは以下の聖句の中に示されています。

 「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。」(使徒言行録5:29)

 「それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。」(同41,42節)

この生き方を一言で表現するならば徹底服従の生き方です。