今週のメッセージ201/12/02)

だから、目を覚ましていなさい

 

前回述べましたので繰り返しませんが、教会では『待降節(アドベント)』と呼ばれる時節を迎えました。礼拝堂には“アドベント・クランツ”が飾られ、先日の日曜日、1本目のキャンドルに火が灯りました。こうして日曜日ごとに火が灯り、4本目のキャンドルに火が灯ると、その週のどこかでクリスマスとなります。本年はご承知のように火曜日です。

ところで、待降節(アドベント)と呼ばれる時節には二つの意味があります。一つは、一般的にも知られているように、来るべきクリスマスに向かっての備えの期間という意味です。しかし、もう一つの意味があります。それは、再び御出でになるキリストへの備えというものです。

新約聖書の『マタイによる福音書』の中に以下のようなキリストの言葉があります。

 「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。」(24:36〜39)

その上でキリストはいわれます。「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである」(同42節)と。

このキリストが再び御出でになることは、神の最後の審判へと繋がるものです。永遠の御国に迎え入れられるために、キリストは救い主として来られたのです。このキリストを信じることこそ、最高の備えです!