今週のメッセージ201/09/22)

続・キリスト教の救いとは・・・

 

先週は『キリスト教の救いとは・・・』の主題で、救いの内実として、罪の赦し身体(からだ)のよみがえり(復活)、そして永遠(とこしえ)の命の三つを挙げました。

今週はそれら三つについて、さらに付け加えてみようと思います。

罪の赦し

 この場合の「罪」は、法律上の罪(Crime)ではなく、宗教上の罪(Sin)です。そしてその根本にして中心は、“神を神として崇めない”ことです。これが人間の最大の問題点なのです。キリストが十字架で身代わりとなって負って下さったのはこの罪(Sin)です。

身体(からだ)のよみがえり(復活)

 この罪のもたらす報いが「死」です。この死は、単に肉体的に死ぬ、いわゆる一般的に考えられている死ではなく、霊魂も含めた人間の全存在の死です。従って、罪赦された毛結果として与えられる救いは、その死からの救い、即ち身体(からだ)のよみがえり(復活)です。「身体(からだ)の」となっているのは、霊魂だけに限定されているのではなく、身体(からだ)も含めたよみがえり(復活)の意味が強調されているのです。キリストの復活は、その意味での復活です。

永遠(とこしえ)の命

 罪赦され、身体(からだ)のよみがえり(復活)を以って完成に至る命が“永遠(とこしえ)の命”なのです。今持っている命が、死を乗り越えていつまでも永遠に、というのではなく、罪の赦しを得た瞬間から与えられ、復活を以って開花する、いわゆる身体的生命とは全く異なる新しい命、これが永遠(とこしえ)の命、即ち、キリスト教の救いなのです。