世界は「複雑系」に満ちている 98/9/18
科学はユークリッドの幾何学に始まり、ニュートン(17世紀)の古典力学や確立論・統計力学を経て、20世紀に入ると
アインシュタインの相対性理論、量子力学に発展し、さまざまな現象を説明できるようになり、科学を用いることで
多くの発明がなされ、豊かな現代が作られた。
太陽系の惑星の動きが見事に予測されたり、原子力の利用などの全てが科学の恩恵である。しかし一方で、あらゆる
科学を総動員しても解けない現象・問題も無数にある。ここに近代科学の限界がある。例えば、
まずパチンコ。パチンコの玉の軌跡は、基本的には玉を打ち出す時の速さと方向で決まるはずである。だから、必ず
当たりの穴に入る軌跡を描く必勝の打ち方があるはずである。ところが、バシバシと同じ条件で玉が打ち出される
ように見えても、実際には完全に同じということはなく、1個1個が微妙に異なっている。手動操作のゆらぎもあるだろうし
、パチンコ店の意図的なコンピュータ操作もあるだろうからだ。するとほんのわずかな初期条件の違いが、玉の軌跡を
わずかに変え、釘に当たるか当たらないか、玉と玉がぶつかるかぶつからないかの変化を生み、それらが重なり合って
軌跡を極端に変えてしまう。1個1個の玉は決定論的な物理法則に従っていても、打つ玉、打つ玉は期待を裏切る
動きをしてしまう。
このように初期条件に敏感に依存する点から見て、パチンコの玉の動きは広い意味でのカオスになっているといって良いだろう。
そしてパチンコというゲーム自体は、カオスを含んだ一つの複雑系とも見なせる。
タバコの煙。無風状態の中で灰皿に置いたタバコの煙を見ていると、火元であるタバコの先端からの煙は、
まるで見えない煙突の中を行くようにまっすぐに上がっている。ところが、煙は途中からフニャフニャとゆらぎ始め
、なんだかわけのわからない、しかし、涙が出るほどきれいな幾何学的曲線を描く。さらに上に行くと、煙はもはや
形を失い、空高く消えていくように見える。
最初の状態は、水道管のまん中を同じ速度で流れている水の流れと同じで、古典的な流体力学で記述できよう。
空高く見えなくなった方は、タバコの煙の微粒子が空気の中へ拡散していったのだから、確立論的な統計力学の領分だ。
注目したいのは中間部分だ。この最も美しい、変化と驚きと感傷に満ちた領域は、残念なことに、これまでの物理学では
記述できなかった。どんな曲面が出現し、どう変化していくかを、予測できなかった。煙の微粒子と空気の分子との
絶えざる相互作用が、複雑なふるまいを生んでいるからだ。
アリの行列。アリたちはどのようにして整然とした行列を形成しうるのか。フェロモンに導かれてというのも一つの
答えであろう。しかし、それが答えの全てとは言い難い。アリの一匹一匹は手近なフェロモン・トレイル(フェロモンの
痕跡)に反応して機械的ではあるが独自の行動をとっている。行列全体を統率するトップダウンの命令といったものはない。
個々のアリが、局所的な相互作用を通して行列という大域的な現象を出現させているのである。
これは社会性昆虫にかぎらず、鳥の群や草食動物の集団など、多くの生き物のシステムに共通して見られる性質だ。
個々の反応は決定論的で単純な規則に従っていても、全体としてはそのような部分の和に還元できないふるまいを示す
現象、それが複雑系の驚くべき特徴の一つなのだ。
以上、3つの例を挙げたが、現代科学では説明できない現象(複雑系)はこの他にも無数にある。
何故か?理由は簡単だ。従来の科学はややこしく難しい部分を全て切り捨てて、問題を解明可能なものに限定し、
その範囲の中だけに通用する理論を作り上げてきたからだ。
比喩的に言えば、近代科学は古典力学の決定論と
統計力学の確立論を両輪にもつ、強力で巨大なランドクルーザーのように疾走し、この車で行けない場所はないと
思っていたが、よくよく見るとこの車はあらかじめ造られていた道路の上しか走っていなかったのだ。
路傍の石も、野原の花々も、小池のさざ波やカワズの鳴き声も、この車で走り続けている限り、人々の視野に
入ることはなかった。
ーー続くーー