自己組織化臨界 98/10/9
【砂山のメタファー】 (複雑系とは何か より)
ラングトンはカオスの縁を相転移のアナロジーで理解した。ちょうどその頃、相転移の臨界現象のもつ、
より普遍的な役割を見出していた、あるいは見出したと信じていた物理学者がいた。デンマーク生まれの
パー・バックである。彼は物性物理学の研究中に、臨界状態における物質の系のふるまいを詳しく調べ、
そこには物理学以外の他のシステムへも適用可能なある種の特徴があつことに気づいて、これを「自己組織化臨界」
と名付けた(1986年、論文は87年)。
自己組織化臨界 Self-organized criticality を、バックは砂山のメタファーで説明する。
何もない平らなテーブルに、真上から砂を少しずつこぼしていくところを連想してみよう(砂時計の真ん中の
くびれた吹き出し口から、一様に一定速度で砂が落下していく状況を思い浮かべればよい)。砂山は次第に高くなっていき
それ以上高くなれないところまで成長するだろう。この高さは砂粒の大きさや重さ、加えてテーブルの大きさ
等で決まる。
さらに上から砂をこぼし続けると、それに見合う量の砂が砂山のどこかで雪崩を起こし、テーブルの端からは
押し出された砂がこぼれ落ちるだろう。このとき砂山は、それ自身によって安定した形状を保っているという
意味で自己組織化されている。しかしその安定性は静的なものではなく、動的な砂の流れによってかろうじて維持
されているという意味で臨界状態にある。この状態は、連鎖反応によって核分裂が起こる間際の、プルトニウム
の臨界状態にきわめてよく似ている。
連鎖反応がいつどこで起こってもおかしくないのと同様、砂山でも砂粒のわずかな移動が引き金になって、
大小さまざまな雪崩が起こる。むっろん、大きな雪崩ほどまれで、小さな雪崩は頻繁に起こる。これらの雪崩は
一見ばらばらに起こっているように見えるが、なだれの大小と頻度の間には「べき乗の法則」が成り立っていると、
バックはいう。すなわち、その頻度は大きさのある「べき乗」に反比例するというのだ。平たく言えば、雪崩の
大きさがわずかに増大するにしたがって、起こる回数は急速に減少するということである。
「べき乗の法則」は自然界ではどこでも観測されるきわめてありふれた現象である。なぜ、そうなのか?
砂山のメタファーこそが、自然界に共通して見られるこうしたパターンの普遍性を説明するはずだ、とバックは
考えた。地震も、株式市場の変動も、種の絶滅も、人間の脳波も、バックによれば自己組織化臨界というただ
一つのシナリオの多様な現れにすぎないのである。
【アリジゴクの巣穴】(シミュレーション) (パソコンで見る複雑系・カオス・量子 より)
バックの「自己組織化臨界現象」とは、「多くの要素が複雑に相互作用している大規模な系では、外部から制御
しなくても自ら、臨界状態といわれる状態に向かって移行する。この臨界状態では、あらゆるサイズの時間的、空間的
な変化が生み出され、大部分の小さな変化の中にまれに大きな変化が引き起こされる」というものである。
人間は自然界の地震、雪崩などと常に戦いながら生きてきたが、生物の世界は必ずしもそうではない。彼らは
「自己組織化臨界現象」を自らの生存のために役立てているように見える。いや、そうしないと、きびしい自然選択
の世界を生き残ってこられなかったのかも知れない。ここでは、その一例としてアリジゴクがアリを捕らえる際の
巣穴の形状に着目する。
アリジゴクの巣穴を観察すると、しの傾斜角は、どの巣穴においても、砂崩れがおこるギリギリの角度(安息角)に
保たれていることがわかる。ここでは、このような巣穴の形状が自己組織化臨界状態である事を確かめ、この状態の時
アリを捕獲するのに一番効率がよいことをシミュレーションでみることにしよう。
プログラムのダウンロード
★このファイル(antfile.lzh)は圧縮されていますので、ダウンロード後に解凍すること。
ファイルには ANTLION.exe ANT0.dat ANT1.dat ANT2.dat ANTJ0.dat ANTJ1.dat の合計6つの
プログラム&データが入っています。
【シミュレーション・プログラムの概要】
1。始めにアリジゴクの巣穴を右図のように作る。巣穴の傾斜として
亜臨界状態 (なかなか崩れない)
臨界状態 (ほどよい状態)
過臨界状態 (すぐに崩れる)
の3種のどれかを設定する。アリジゴクは巣穴の底で待ちかまえている。
2。アリジゴクは、崩れてきた砂を上にはじき出す作業をし、穴が埋まってしまわないようにする(アリジゴクの労働)。
いろいろと試してみると、臨界状態の時、一番少ない労力でアリを捕獲できることがわかるだろう。
社会現象を例に取ると、たとえばラッシュアワーにおける人々の動きにも、自己組織化の働きを見て取ることが
できる。つまり、無数の歩行者の動線はおのずと一つの流れをつくり、その流れは時事刻々と変化はするものの、
けっして至る所で衝突が起こるような分子的無秩序状態にはならない。
マイケル・ポランニーはこれを「自主的秩序」と呼んでいる。
森林火災は周囲の住民や森の中の動物達に大きな被害を与えたるので、出来るだけ早く消し止めるのが良いと
されているが、自己組織化臨界の考え方からすると、火災によって過密になりすぎた木々や草を、一旦まばらに
して適当な空隙を確保するための森林自身の自己修復の動きと解釈することも出来るそうだ。この考え方に立てば、
火災をあわてて消すのはかえって良くないことで、むしろ燃えるに任せ自然に消えるまで放っておく方が正しい
(自然らしい)ことになる。