Monday, July 07, 2008
本稿は「地域総合研究 第36巻 第1・2号合併号(2009年)」鹿児島国際大学大学地域総合研究所に掲載した論文を転載するものです。
本稿は,『地域経済政策研究』第9号 2008年3月に出稿の“特集グローバル時代の地域経済「鹿児島県の持続的発展に向けて」”をベースとしています。「鹿児島県の持続的発展に向けての戦略形成」と題して,グローバル経済化,人口減少に伴う国内市場の縮小という時代変化を踏まえ,鹿児島経済の浮上・振興に向けての地域戦略を,@現状分析・問題提起〜A課題設定〜B戦略形成とアクションプランの提示と,3回にわけての考察を予定しています。
第1回目は,結論部分でもある鹿児島の強みを生かしての将来ビジョン・指針をお示ししたうえで,現状分析・問題提起へと論を進めます。
T 将来ビジョン−鹿児島県の持続的発展に向けてのシナリオ
経営コンサルタントとして日本各地を回っている者の目から鹿児島を見ると,1人当たり県民所得では全国42位(227万2千円・2005年)。最低賃金が下から2番目の611円という,経済面では低水準の県とはとても思えない,というのが実感です。
県都・鹿児島の街は,地方都市としては活気に満ちています。特に繁華街・天文館の迷路状のアーケードの規模と,夜の賑わいには目を見張るものがあります。
しかしながら,鹿児島県民一人あたりの「課税対象所得(納税義務者1人当たり)」(2006年)は,283.5万円で34位と低位にとどまります。ちなみに人口当たりの預貯金額は811万円(2006年 日銀調査)44位で,全国平均1,256万円の65%にすぎません。
しかし,全国平均より少ないとはいっても,世界的にみれば非常に高水準の所得(1人あたり年間98万円)です。また,農家や零細事業者が多い分,税務申告されない所得や小口収入を加えるなら,実態はさらに上でありましょう。その中から他県より多くが消費に回されているとすれば,むしろ所得の割には,地域経済は活性化しているのではないでしょうか。
所得の割に消費が活発な鹿児島経済ではありますが,その先行きは楽観できません。農業は拡大の余地はありますが,地場産業である焼酎醸造はその経営基盤は脆弱です。県内には酒造所が120社程有りますが,大手10社で90%を製造・販売しており,残り110社で10%のシェアを競い合っています。この状況は,単純に考えても1事業所当たりのパイが小さ過ぎます。つけ加えるなら大手10社のうちで上場企業は1社もありません。企業の公益性,経営の近代化,などの観点からすると「上場し,広く外部からの投資を受け入れる」,「投資家の声を聞く」というプロセスも必要でありましょう。
また,観光立県を説いていますが,アメリカの経済混乱に始まる世界経済の連鎖的な失速,これに伴う円高基調による来日観光客の減少も懸念されます。国内に目をむけると,原油高に伴うガソリン高騰もあって日本人の旅行離れは加速しています。いまや,観光で人が来れば地域経済が潤い,豊かになるという構図は成り立たないとするのが,多くの識者の指摘するところでもあります。
ところで,2011年に博多−鹿児島中央駅間の九州新幹線全線の開通により,博多−鹿児島間は1時間強,大阪とは,4時間程で結ばれます。これにより観光客の増加,市内一の繁華街である天文館の活性化といった経済効果が期待されています。だが,新幹線開通に伴い八戸や長野,静岡などで起きたことと同様な支店・営業所の縮小・統合が予想されます。加えて,コップの中の水がストローによって吸い上げられるように,「口」に当たる博多への人と消費の流出が強まるとも懸念されます。
なお,鹿児島地域経済研究所「九州新幹線の県内への経済波及効果」(05年発表)では,九州新幹線新八代〜鹿児島中央間開業に伴う鹿児島県への経済効果は年間165.77億円,県外での消費増加額(ストロー効果)は48.4億円と試算しています。
07年秋,イオン鹿児島ショッピングセンター(売場面積約6万5,500平方メートル),オプシアミスミ(売場面積2万7,800平方メートル)の大型ショッピングセンターが出店しました。これにより,所得の割に元気だった鹿児島の商業,その象徴としての中心市街地天文館の勢いは,必然的に弱まっています。そこに,新幹線の全線開通により博多との都市間競争が拍車をかけるわけです。
日本の人口は2000〜2005年をピークに減少時代に突入しました。県人口はすでに1955年の200万人超をピークに減少に転じ,2005年には175.3万人と落ち込み,過疎県化の様相です。とはいえ,県域の人口減少を止められなければ,市場縮小→労働力の確保が困難→税収減少→財政悪化,といった負の連鎖に陥り,持続的発展を難しくします。また,都市の「安全・安心」は,人口密度とも相関しています。人口密度が高まれば行政効率も向上します。
つまり,鹿児島で暮らす人々が「不安のない,豊かな生活」を送っていくためには,県域に一定の経済力が必要であり,そのためには定住人口の確保が絶対条件となります。日本の人口が減少する中で,日本の南端にあって人口を増やす,少なくとも減少はくいとめるという二律背反の課題解決が求められるのです。そこで,風土,歴史,地勢に育まれた鹿児島の地域特性と強みを生かしての生存領域−戦略ドメイン−として,@住みやすく暮らしやすい街づくり,A日本,世界の食糧基地を目指す,B九州の物流拠点化,の3点を提言します。
事実,九州旅客鉄道(JR九州)は,九州地方は特産品が豊富,地域的に見て韓国に近いといった“地域特性”を生かし,沿線開発で本業も伸ばすという鉄道の本来の「成長の方程式」から戦略転換を図り,東京での和食店の展開,福岡・博多港と韓国釜山港を結ぶ国際航路への進出と,事業ドメイン(生存領域)を九州圏外に求めています。
図2−後送
ドメイン1−人口減少の食い止め定住人口の増加を図る− 住みやすさ・暮らしやすさの追求
小泉政権の「ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)」もあって観光立国は国策ともなっています。鹿児島県内では,近年,観光客低迷する指宿で,中国からの観光客の呼び込みに成功した事例が地域活性化策としても関心を集めています。しかしながら観光振興が,地域活性化につながるかというと,疑問を持たざるを得ません。(この点に関しては,次回以降で詳述します。)
人口減少を食い止め,将来的には人口増を実現するには,まず,何よりも良質で個性的な地域づくりが先決です。その第一歩は,“住みやすく・暮らしやすい鹿児島づくり”にあります。地元に住む人々が,暮らしにくいと感じるような地域社会であっては,観光客増は望むべくもありません。
鹿児島都市圏の人口は74万6千人。鹿児島地域,姶良・伊佐地域への人口集中が進み,鹿児島市一極集中の様相にあります。その鹿児島市も,国立社会保障・人口問題研究所によると,今のままの産業構造であるなら2015年からは人口減少に転ずると予測されています。そこで,県都鹿児島市の住みやすさ,暮らしやすさの追求という足許固めが,鹿児島再生のカギとなるのです。
幸いなことに,鹿児島市は1970年代,市域の50%近くを商業施設がほとんど立地できない第一種低層住居専用地域に指定したことから,中心市街地のにぎわいが保たれています。市内には路面電車(総営業キロ13.1km 全国5位)が走り,バス路線も整備されているなど,公共交通網は整備されています。
いま,高齢社会を迎え,車を使わず徒歩で買い物などの用事を済ますことができる都市づくりの必要性
を訴える声が高まっています。その「歩きやすいまち」(walkable city)を支えるのが公共交通網です。鹿児島市は,よい空気・よい空,よい水,ストレスの少ない街並み,そしてコンパクトシティと時代の求める安心・安全の要件を備えた魅力ある街なのです。
今後10年間で1千万人ぐらいの人が定年退職すると見込まれます。シニア層の半数以上は大都会で暮らし,多くの人が老後の生活設計,健康に不安を感じています。将来の生活は不安で,大都会では生活しづらいのが現実です。ところで,鹿児島に目を転じると,きれいな空気,きれいな水,ストレスのない静けさ,という健康の三大要件をほぼ満たしています。さらに医療施設も充実しています。
本格的な高齢社会に突入し,車に依存しない快適な暮らしといったニーズは増えています。したがって,一時滞在の観光客誘致に血道をあげるより,住みやすいまちづくりを実現し,県外からのシニア層の定住入を促した方が,県域の持続的発展への寄与は高いのです。
例えば,こんなふうにアピールしてみたらどうでしょうか。「チョット田舎の鹿児島市ですが,JR,市電,バスと市街地の公共交通は整っており,年配者にとっては住みやすい街です」「文化的な刺激は,新幹線で80分程の福岡で充分満喫できます」「市民病院を核とし,市内には20を超える病院があり医療面では万全です」。
ドメイン2−世界の食糧基地を目指す
いま,日本は食料の60%を外国に頼っています。水も食料の形で輸入しています。日本の食料国内自給率は,ドイツ16%,イギリス30%など他の先進国より低水準となっており,食料の国内自給は当面の課題です。
鹿児島県の農家数88,825戸,その内訳は自給的農家34,493戸,販売農家54,332戸,総耕地面積12万5,400ヘクタール(05年農林業センサス他)で,06年農業生産額は,北海道に続き,4079億円で全国第2位。特に,牛,豚,鶏の産出額は全国第1位です。この他,ウナギ,茶,いも類など,生産量で全国上位を占める農水産品は数多くあります。ただし,図表3が示すように,農家人口,販売農家数ともに,減少傾向にある点は懸念されます。あまり知られていませんが,養殖マグロ国内生産量3530トン(06年)の6割近くを鹿児島県(2000トン)が占めます。ミネラルウォーター生産数量102,543?で全国第6位(シェア5.3% 07年)です。こうした実績を生かして日本のみならず,世界の食料基地を目指します。
図−3 後送
図1−−域内総生産と人口の推移
単位)総生産:億円 人口:万人
ドメイン3 地の利を生かす−九州の物流拠点を目指す
日本の輸出入貨物量の99.7%は,港を経由した海上輸送です。すでに県内には,鹿児島市南部の喜入に世界最大級ともいわれる新日本石油の原油中継備蓄基地,薩摩半島の西側のいちき串木野市に地下の岩盤タンクを使用した串木野国家備蓄基地,大隅半島の東側の東串良町に志布志国家石油備蓄基地の3つの石油備蓄基地があります。喜入基地の原油タンクは735万?の貯油能力があり,これは日本の石油消費量の約2週間分に相当します。
喜入基地では,産油国(主に中近東)から30万トン(載貨重量トン)級の大型タンカーで輸送された原油の全量または一部を原油タンクに荷揚げし,さらに10万トン(載貨重量トン)級の小型タンカーに積み替えて新日本石油グループの製油所に二次輸送するという中継機能を持っています。
図4−5− 後送
この他,鹿児島港,川内港,志布志港という重要港湾を県内に有し,国際定期航路も複数就航しているという実績を有します。グローバル時代にあって,「世界を相手にする」という気概を持ち,港・空港・鉄道・高速道路といった大量・高速の物流インフラを有するという本県のもつ優位性を生かし,輸送の一貫性,積み替え・荷役の効率化,輸送の安全・迅速・確実性の促進,そして低廉化を図り,九州における国際物流拠点の地位確保を目指します。
なお,グローバル化時代という社会の大きな変化を念頭に置くならば,視野を広げて,オール九州という視点で地域発展に向けての戦略を練るという姿勢が求められます。
いま,旅行客を誘致するために九州全体が連携を図っています。各県と経済団体,観光関連企業などが結集して九州観光推進機構という組織を作り,国内のほか中国や韓国からの観光客を増やそうと知恵を絞っています。九州新幹線沿線の鹿児島と熊本が同じ目的のために別々に動く非効率を考えたら,ノウハウもアイデアも共有して利益を分け合った方がいいに決まっています。いわゆる地域ブランドなどにも見られる,県域を超えた広域で連携することにより,認知度は高まり市場は広がります。
グローバル化進展の一方,人口減少時代の到来,ITに代表される技術革新に伴う産業構造の変化といった時代環境を見すえるなら,九州全域で経済圏を形成し,北九州,南九州圏それぞれのエリアの特徴,魅力を生かして持続的な成長を目指すという大局観が望まれます。
以上が,「鹿児島県の持続的発展」に向けての,シナリオの骨子です。以下に,なぜ,そう言えるのか,その前提として鹿児島県の現状分析とそれに基づく,問題点の洗い出しへと稿を進めます。
U 本論
1 現状分析−閉塞感漂う鹿児島県の状況
近年,IT革新とグローバル化の進展のもとで,日本の景気は上向きで推移してきた。だが,鹿児島はその恩恵を受けていない。すでに80年代に鹿児島県域の成長は止まり,縮小均衡にある。閉塞感漂う鹿児島県域の現状を概括する。
1 問題提起―従来発想の地域振興策は時代対応を欠く
2000年から2007年までの世界経済の成長率は,過去40年でもっとも高いものであった。世界経済が好調であるのは良いことだが,この好調さには振幅の大きさも伴っている。サブプライムショックから始まった金融危機は日をおかずして世界に広がった。これに加えて,米国の慢性的財政危機も懸念されるところである。こうしたことから,米国経済は限りなく持続的に発展し,それに連れ,世界経済は右肩上がりで成長続けるという神話の時代は終わったとみるべきである。
日本は,少子高齢化時代に突入し市場縮小が加速している。こうした内外の状況から,日本の将来を考えると,過去の経験をたどるのではなく,誰も挑戦してこなかった未知の分野でオポチュニティ(事業機会)をつかむことにある。
ところで,現在の鹿児島県域振興に向けての行政のビジョンとそれに基づく施策はというと,「観光立県」「工場誘致による産業化の推進」,さらには地場産業の「焼酎振興」と「農業振興」と相変わらず従来発想の延長線上の枠組みにとどまる。これは,「地域産業が活発なら,地域経済全体が活性化するはずだ」という,既成概念にほかならない。ところが製造業の活況と地域の活況は必ずしも相関しない。「工業立地→雇用増加→人口増加」というこれまでの方程式は,グローバル経済化時代においては成り立たないのである。
また,県内のみならず日本国内の観光産業は,慢性的な不振にあえいでいる。そのような分野に,「地域振興」の原動力を期待できるであろうか。はたして,九州新幹線全線開通が,鹿児島再浮上の呼び水になるのであろうか。ストロー効果による消費の流失が懸念される。さらには,赤字バス路線廃止に伴う補助,07年9月末で累積赤字が5億円を超えるなど経営難に陥っている在来線の肥薩オレンジ鉄道への赤字補填は県財政へのボディブローとなる。
また,鹿児島空港のターミナルは90年代前半に,将来の利用者数が800万人に増加することを見込んで拡張されているが,九州新幹線対策を一歩間違えば宝の持ち腐れになる可能性もある。
上述の視点からして,観光,産業振興に重点を置く振興策は,「市場縮小」「グローバル化時代における経済構造の変化」という転換の時代にあっては,いささか時代感覚を欠く。
2 観光立地――見過ごされた観光市場の構造変化
小泉政権の「ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)」もあって観光立国は国策ともなってきた。2008年の訪日観光客数は834万人,2010年には1千万人の獲得を目指している。政策の面では,2006年に「観光立国推進基本法」が成立し,2008年には「観光庁」も設置される。観光振興は,日本のように観光資源が豊富な先進国にとって有効な策であろう。とはいえ,国内観光産業は,多年の不振にあえいでいる。また,サブプライムローン問題に端を発したアメリカ経済の混乱から,世界経済の長期低迷が懸念されている。そうした経済環境下にあって,観光は“立国”の原動力とはなりえない。
@縮小する一方の国内観光市場
国土交通省「旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究W」によると2004年度の日本国内での旅行消費額(ツーリズム消費)は,24.5兆円である。これに対応する直接価値は12.3兆円で,GDPの2.4%を占める。この額は輸送機械(自動車+造船十鉄道車両+航空機)の2.8%,食品の2.4%に匹敵し,観光産業の裾野の広さをうかがわせる規模である。
ところで国内観光市場は縮小傾向にある。国内宿泊旅行の消費額は,1997年の12.5兆円から00年12兆円,06年には10.3兆円と縮小している。こうした状況もあって,日本の中・大型旅館の多くは,長期的な赤字経営が続いている。
不振の大きな要因の一つに,グローバル時代という潮流のもとでの海外観光地との国際間競争の激化がある。日本人海外旅行者は96年以降,年次によってはテロやSARS(重症急性呼吸器症候群)による増減はあるが,概ね年間1,700万人前後で推移している。これはバブル期に比べて5割以上も高い水準にあり,その海外での消費額は,04年度で5.3兆円である。同時期の日本の石油年間輸入額が約3兆円であることからしても,その大きさがうかがわれる。
対して訪日外国人観光客の国内での消費額は,1.4兆円。03年当時の小泉政権発案によるビジット・ジャパンキャンペーンの効果もあって,当時500万人強だった訪日客数は目標とする1,000万人に向けて増加している。しかしながら,出と入りの不均衡は大きい。
A人口成熟で変化する市場について行けない既存事業者
訪日外国人が増えたとしても,国内観光消費の9割以上を占める日本人自身の国内旅行の活性化なくては,国内観光の根本的な改善にはならない。鹿児島県も同様である。そこで問題になるのが不振の第二の理由,人口構成の変化にある。バブル景気真っ盛りの90年時点において団塊世代は40代前半で,45歳以上は戦前生まれだった。そして,人数の多い団塊ジュニアは,ハイティーンであった。
おしなべて団体行動に慣れ,組織の絆を重視する団塊世代や戦前生まれが,職場や各種団体の中堅管理職以上を占めていた90年代,団体旅行が盛んだったのはうなずけるところである。当時,多人数を一室に詰め込めるので定員稼働率は上がる。値段を下げての大量集客が,観光事業者共通の販売戦略であった。修学旅行も盛んであった。
時代が変わり,戦前生まれや,団塊世代は定年退職,その一方で夫婦や家族のキズナを大切にする傾向の強い団塊ジュニアが,職場の中核に座った。その結果,職場旅行は激減し,主流は自家用車での個人旅行へとシフトした。また,学生数の減少から中高生を対象とした修学旅行宿も不振である。
若者の旅行離れの時代に,「周遊コースを設定」し,「観光バス駐車場を整備」し,旅行会社と組んで「ディスティネーションキャンペーンを行う」という,従来の大量動員をねらいとした集客方法は,いまや通用しない。
だが,個別には,沖縄県にみられるように,活況を呈する観光地も増えてきている。在来型の物見遊山滞在型的な旅行や温泉旅行から脱皮し,観光に陶芸や紙漉など特産品振興の体験型観光,あるいは地域の歴史や伝統文化を学ぶといったテーマを絞り込んでのビジネスモデルが,観光客誘致で成功をおさめている。
2 鹿児島県の現状分析
鹿児島県は,九州の南に位置し,人口は175万人である。自然が豊かで,世界遺産の屋久島など観光をはじめとした資源を有する。桜島などの火山もあることから温泉の数も多く,源泉数は2,800ヵ所以上あり,その数は大分県に次いで全国2位である。
県都・鹿児島市は,二重式火山のカルデラの中に発達した町であり,平地に乏しく,住宅地は周囲の丘地に造成されている。そこからの道が集まる中心市街地は,コンパクトで活気があり,繁華街・天文館地区は,迷路状のアーケード街が形成されている。この地は,幕末の名君・島津斉彬が,日本初の発電所を造った場所でもあるが,工業集積は乏しい。
鹿児島県はバブル景気の恩恵を受けることなく,すでに80年代に成長は止まり,縮小均衡にある。閉塞感漂う県域の現状を概括する。
@「発展型」から「集中型」に変わった鹿児島,宮崎都市圏
鹿児島県では,県都・鹿児島市への一極集中が高度成長期から進み,鹿児島都市圏を形成してきた。その鹿児島都市圏は2001〜05年間で中心都市と周辺部の双方ともに人口が増える「発展型」の都市圏から,周辺都市の人口が減り中心部鹿児島市の人口が増加するという「集中型」都市圏へと移行した。ちなみに,宮崎市は鹿児島市同様な集中型都市圏,福岡市,熊本市は,発展型都市圏である。
事実,鹿児島市は日置市など周辺市町からの人口流人でマンションの建設が続いている。「集中型」都市圏に弾みを付けたのが04年部分開業した九州新幹線鹿児島ルートである。これに伴い,ターミナルの鹿児島中央駅の再開発が進めば,「観光面のみならず,市内一の繁華街である天文館との回遊性も高まり,商業の底上げにもつながる」との期待もある。
ただし,こうした「集中型」都市圏がある半面,大口(鹿児島県),曽於(同),枕崎(同)のように総人口の減少率が5%を超える都市圏もある。
A県財政
鹿児島県は2007年度決算に基づき,「自治体財政健全化法」で導入された「実質赤字比率」,「連結実質赤字比率」,「実質公債費比率」,「将来負担比率」の4つの財政指標の数値を発表した。それによると,県財政課は「何とかやりくりしている状態。安全圏にあるとはいえない」としている。
4つの指標は「早期健全化基準」はクリアしている。ただし,将来の負債を表す「将来負担比率」は269.6%と高い数値を示している。
その内容は,県立病院などの公営企業会計と,県が出資する地方公社を含めた将来にわたる負担額は1兆9,116億7,000万円。内訳は地方債残高が1兆6,486億7,000万円(一般会計等1兆6,270億円,企業会計216億7,000万円)で全体の86.24%を占め,一般会計等で負担することになる職員約2万6,000人分の退職手当見込み額が2,402億2,000万円。住宅供給公社をはじめ3つの公社への損失補償など負担見込み額が123億7,000万円である。
「将来負担比率」は早期健全化基準の400%内ではあるが,他県と比べると高いレベルにあり,安全圏とは言い切れない。
歳入総額から歳出総額と翌年度繰り越し財源を差し引いた実質収支は,32億6,000万円の黒字である。ただし,基金127億円を取り崩して黒字を確保しているのが実状である。
B産業
農業の産出額伸び率は,全国平均を上回る(99.3%)。一方,工業の伸びは104.7%で全国平均を若干下回る。主な産業集積は隼人・国分地区の半導体・電子デバイス関連である。2003年頃にブレークし,日本酒の出荷量を上回るまでになった焼酎は地場産業の核となっている。産業構造では全国平均と比べ,養豚などに代表される第1次産業比率が高く(4.8%),第2次産業比率は低い(19.3%)。産業構成は食料品(36.7%)が%,次いで電気機械(30.7%)とこの2つで全体の7割を占めており,食料品・たばこ,電子部品・デバイスへの偏重が見受けられる。
代表的な製造業は京セラやソニーセミコンダクタ九州の半導体関連などがあげられる。特に京セラの創業者稲盛和夫氏の出身地でもあることもあって,川内(せんだい薩摩川内市),国分,隼人(霧島市)に工場や総合研究所が集中して立地している。
図表−6
図表−2 域内総生産と人口の推移
単位)総生産:億円 人口:万人
図表−4 総人口に占める農家人口の10年間の動き
農業の産出額伸び率が全国平均を上回り(99.3%),鹿児島県の人口当たりの農業生産額は,宮崎県に 次いで2位である。水利のないシラス台地は米作に向かず,サツマイモや養豚を主体としてきたが,その伝統が今の時代に焼酎ブームや黒豚の国ブランド化によって開花した。近年の産地偽装問題で,鹿児島県は養殖うなぎの生産量日本一ということがようやく全国的に認知された。しかしながら,生産量の割に知名度が低くブランド力に欠ける県産品も多い。例えば,茶は静岡県に次ぐ生産量であるが「知覧茶」や「溝辺茶」の知名度は低い。また,前述「図表3 農業人口・販売農家・基幹的農業従事者の10年間の動き」が示すように,農家数および農業人口の減少傾向に加えて,農業従事者の高齢化などが懸念される。なお,養殖マグロ日本一であること,ミネラルウォーター生産数量102,543?で全国第6位(シェア5.3%07年)で,良質のミネラルウォーターの生産地であることは,全国的にはほとんど知られていない。養殖マグロは業界推定では国内で3,530トン(06年)生産されている。そのうち6割近くの2,000トンを鹿児島県(特に奄美大島)が占め,2位の長崎県(対馬,五島)の約500トンを大幅に上回る。
ただし,いかにブランド化が進んでも,農業だけでは所得は上がらない点を見落としてはならない。地方圏でも確固たる工業集積基盤を持つ富山県や石川県が,大阪府,京都府並みの所得水準レベルにあることとが,これを証明している。ここに,鹿児島県の産業構造の脆弱さ・問題点がある。
C観光資源を生かし切れていない
鹿児島県には,桜島などの火山もあることから温泉の数も多く,源泉数は約2,800ヵ所と,その数は大分県の約5,000ヵ所に次いで全国2位である。しかしながら,霧島温泉と指宿温泉を除いては,全国的な知名度は低い。その霧島温泉であるが,公共交通の便は悪い。JR九州・日豊本線の最寄り駅霧島神宮前,肥薩線霧島温泉駅から歩いていける距離ではない。路線バスは運行しているようだが便は少ない。観光客はレンタカーかタクシーに頼るほかない。一方の指宿は,JR九州の指宿枕崎線が運行しているが,朝夕は高校生の通学列車と化しおり,その学生の乗車マナーは劣悪で,悪名高き千葉の房総沿線といい勝負である。運悪く乗り合わせたなら,旅の気分はすっ飛び,以後の旅は不愉快極まりないものとなる。公共交通機関の便が悪いことは,武家屋敷で知られる南九州市・知覧,大うなぎが売り物の池田湖に関しても同様である。また,「出水のツル」も,有名と思っているのは,地元民ばかり…というのが,現実である。
こうした事例が示すように,観光資源には優れるが,受け入れ体制や官民を問わずもてなしの心といったソフトウェア面に万全を欠く。ここに構造的問題が潜む。
D新幹線全線開通,大型店出店ラッシュで懸念される地域商業の地盤沈下
鹿児島の所得の割に元気な消費は,今後も続くものなのだろうか。農業や観光はまだまだ余力を持つが,政府の公共投資抑制が県産業界,特に建設業界に及ぼす影響は大きい。加えて,九州の南端に位置するという地理的な隔絶を理由に発達してきた支店・営業所経済は,新幹線全通によって大きな打撃を受けることになる。既に新八代−鹿児島中央問の九州新幹線部分開通で,博多までの所要時間は,4時間弱から2時間強へと改善された。11年に全線が開通すれば,これが1時間強となり,福岡への通勤も可能となる。鹿児島にとって,まさに転機となる。繰り返しになるが,八戸や長野,静岡などで起きたのと同じ支店・営業所の縮小・統合の流れは,防ぎようがない。また,ストロー現象で買い廻り品,専門品など高度な消費の流出傾向も強まるであろう。
さらに問題なのは,九州の最南端に位置するという地理的な隔絶と都市部における平地の不足から,大手流通資本の進出が遅れた鹿児島県にも近年,大型店進出が本格化し,売場面積増加,床効率低下の流れが加速している点である。これにより,大型商業施設の過剰立地,過当競争に伴う床効率(販売額÷売場面積)の低下,小売販売絶対額の縮小,という負の循環に陥りつつある。こうした中,山形屋とともに前身の丸屋時代から天文館の核店舗の一つであった三越鹿児島店の来春閉店はそれを象徴する出来事といえよう。なお,天文館自体の06年売上高推定は約1,900億円で,ピーク時の02年度の約2,400億円から500億円落ちこんでいる。
こうした流れの中,所得の割に元気だった鹿児島の商業,その象徴としての鹿児島市街地の勢いは,ある程度弱まって行かざるをえない。そこに,九州新幹線の全線開通に伴い前記の博多との都市間競争が拍車をかける。
図表9 鹿児島市における2000年以降の大型小売店舗出店状況(店舗面積1,000u超)
上述の状況を踏まえ,鹿児島県の持続的発展にむけて「何を,どうすべきか」については,次号で考察する。
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産経新聞取材班,『地域よ,1111 蘇よみがえれ!』産経新聞社,2006年
田中道雄著,『まちづくりの構造』中央経済社,2006年1111
西村富明著,『検証.鹿児島・奄美の戦後大型公共事業』南方新社,2007年1111
「日経グローカル」2008.6月号,日本経済新聞社1111
「わがマチ・わがムラ グラフと統計でみる農林水産業」農林水産省のホームページ http://www.tdb.maff.2222 go.jp/machimura/
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