用意された道  小堀俊二

 私は売れない音楽家の頃、いつもアルバイトをしてその日の生活を凌いでいました。真夜中にトラックを運転し貨物ターミナルで仮眠をするとき、「いつまでこれが続くのだろう」とフロントガラス越しに見た星空を昨日のことのように覚えています。運送業、音楽教室の講師、清掃員などを経て、ホミニス学園に就職したときに、私はあっと気付きました。それらは福祉施設に勤める上で必要なものばかりでした。全く未経験の仕事に10年勤めましたが、その最中は無我夢中で力一杯バットを振っているつもりでしたが、追い風も吹いていたのだと思います。
 社会福祉は、理想主義を求められる、人と人が関わる、創造的作業という意味で、音楽と似ていると気付いた私は、一気にのめり込みました。しかし、ある段階から「今やっている方法(法内施設)は必ずしもベストではない」ことにも気付きました。社会福祉法で定められた施設を運営することの最大の利点は職員の給与が安定することです。過去10年間、不景気の中で安定した給与が得られた理由は、法による保護以外にはありません。その反面、利用者の利益を求める視点からは、良いことばかりではありません。何故なら、福祉目的である法律がかえって仇となり利用者支援の足を引っ張ることが多く、また、国の財政の視点からは驚くべき経済効率の悪さも挙げざるを得ません。
 そのような中で迷いを吹っ切らせてくれたのは、療育放棄された利用者をかくまった経験です。今は私の養子となりましたが、ここまで受けた、加害者に加担した行政からの妨害は悪質を極めました。法内施設は言わば役所の下請け業者ですが、親会社に楯突く私達は市場から完全に排除されました。 福祉行政に人権感覚は存在しないことが、いよいよ明確に見えた私達が、無認可施設に移行するしか無い、という結論に達するのは至極当然のことでした。動物的直感とでもいうのでしょうか、幸いにも数年前より職員の解雇を進め、また利用者にも退園をお願いするなど、全体としての小規模化を進めてきた流れのまま、ホミニス学園は06年度9月末日をもって事業を停止しました。
 かくして、私の自宅を拠点としながらも公園や教会を転々とする遊牧民のような活動が始まりました。役所からの妨害はもうありませんし、建物を持たない個人事業の経済効率は圧倒的です。これまで時に空振り、時に送りバントと打席に着き続けましたが、最後は満身のフルスイングです。場外に向かったボールですがホームランかファールかはまだ分かりません。しかし、最後の打球の為にこれまでの道のりが用意されてきたことは間違いありません。

5タラントの会