正しい絶望(きっと意味がある)  小堀俊二

 苦しさに未来を悲観するしかない。
 それでもまだ結論は出さないでおこう。
 本当に滅んでしまうまでは。

 私の夢は叶わなかった。
 それでもまだ結論は出さないでおこう。
 私の本当の望みが分かるまでは。

 疲れ果てると、天国が待ち遠しくなる。
 それでもまだ結論は出さないでおこう。
 神が約束を果たされるかを確かめるまでは。


親の心子知らず

 私の息子がまだ小さかった頃、保育園から連れ帰る途中のコンビニで必ずお菓子をせがまれました。夕ご飯が食べられなくなるからと我慢させる私とごねる息子を、私よりふた回り程でしょうか年配の方が笑顔で見ておられたことを思い出します。
 私自身も、子どもの頃は随分駄々をこねて親を困らせましたし、それが叶えられないときの、怒りと不安と絶望感の混じった感触は、今でも良く覚えています。
 その瞬間の欲求に素直な人を子どもみたいと言い表しますが、大人になるということは視野が広がることを意味するのでしょうか。
 私は息子の健康を気遣いお菓子を我慢させていましたが、私たち親子を、何処か懐かしそうな笑顔で見ていたあの方は、きっと私とも違う視野を持っておられたのかも知れません。

悲観主義

 皆さんは、「あの時、こうしていれば」と思うことはありませんか。でも、現在にしろ過去にしろ、出来事を正確に評価することはとても難しいと思います。
 音楽家だった頃、私は自分の演奏の録音を聞いて時々とても不思議な気持ちになりました。それは、良かったと思った演奏が実はつまらなかったり、失敗だと思った演奏が面白い効果を出していたりしたからです。これは人が生きる道のりも同じだと思います。
 失敗した、あるいはこんなことやって何になると思っていたことが、とても大切な経験だと分かるのは、大抵はかなり後になってからのことです。それなのに短絡的な評価に走り、結論を急いでしまい、その結果絶望しかないとうずくまることはありませんか。積もり積もった日々の疲れが、視野を狭くさせてはいないでしょうか。
 ある日のこと、利用者さんがあまりにわがままだったので、「もう5タラントで勉強できなくなりますよ」と叱ったら、彼は笑顔で答えてくれました。
 「はーい、次はどこに通うの?」
 私は穴の開いたボールのように全身の力が抜けるのを感じながら、この位楽観的でも良いかなと思いました。

最後の最後

 悲観主義とも違うのですが、私の座右の銘は「メメントモリ」(汝の死を覚えよ)という修道士の挨拶の言葉です。修道士たちは、互いにこの言葉をかけあい、宗教的にエールを送りあったのだそうです。
 私は人生が困難に思えて仕方ないし、それ以上に死が恐くてなりません。そしてその負の思いを逆手にとるようなつもりで、満足のいく死の瞬間を目指しています。最後の最後に後悔したくありません。そのために一日一日を大切に、また積極的に生きるという意味です。
 生きることの困難さや死への恐れは、一般には喜ばしいものではありませんが、かといって単純に悲しむべきものでもありません。実を言うと、私はこの感情を「自らに与えられた最も必要な栄養」と受け止めています。何故なら、これがなかったら、私は周囲の迷惑を顧みない勝手気ままな、糸の切れた凧のような人生を歩むに決まっているからです。
 ある日の夢。死刑を宣告され胸に槍を突きつけられた私は、「四の五の言わずに利用者の面倒を見ます。死にたくありません!」と叫んでいました。それはそれはリアルな夢でした。

子どもの頃に戻りたい

 子どもの頃、私は学校が大嫌いでした。先生達は高圧的で恐怖感をもって教室を統制しようとしていたし、勉強は勿論つまらないし、それに加え、子どもたちのコミュニティにも居場所が感じられませんでした。泣き虫の私は毎日のように泣きべそをかかされていました。あんな思いは二度とご免です。
 しかし、ある鬱な夜のことです。ただ辛かっただけのはずの子どもの頃のことを思い出しました。名前も忘れた友達が「僕」に話しかけています。他愛もない、しかし純粋な友情に溢れた関わり。それを「僕」は大切に受け止めませんでした。
 私は後悔しました。もっと友達に優しくするべきでした。友情には友情をもって応え、相手の幸せを自分の幸せとするべきでした。私は初めて思いました。ああ、子どもの頃に戻れたなら。
 そんな自分に気付かずに、不幸を並べ立て昔には戻りたくないといっていた私は、なんと傲慢であったことか。しかし、それに気付いた瞬間、驚くべき静寂が心に訪れました。
 決定的な失敗、自分の愛の無い行為すら、真剣に悔いたときに、それは私に平安を与えました。私はこれを忘れたくありません。

剣を鋤に

 聖書には、神が剣を鋤に変える、と書かれています。武具から農具へ、つまり戦いから平和へという転換を示しています。戦いに満ちた世界は今も変りませんが、私は本当の武具は人の心の中にあるのではないかと思います。どうしても赦せない、憎む、断罪する気持ち。他者も自らをもです。これを聖書は人の命を奪う剣だと言っているのです。
 もしも、その剣を、打ち直して鋤に変えられたなら。
 心から消し去ってしまうのではないのです。鉄を打ち直して、つまり素材として用いて農具を新たに作り、地を耕し種を植え収穫を得る。これを聖書は平和といっているのだと思います。自他を裁き、その思いに押し潰され、「こんな人生はうんざりだ」という思いを打ち直し、自分も隣人も愛する生き方へと作り替える。これは、正反対のものを作り出すのだから創造的で、愛し合うのだから平和的で、素材が活きているのから個性的で、究極的には死から命への大転換といえる、誰もが招かれている普遍的な道です。

正しい絶望(きっと意味がある)

 売れないミュージシャンであった私は様々な寄り道をしながら、福祉施設勤務、その管理者、そして今のデイサービス事業主となりました。その時々には辛かっただけのことが、後になり大きな意味を持っていることには驚くばかりです。
 私の経験が、若いエネルギーを持て余した、あるいはチャンスに恵まれず道を迷いそうになっているミュージシャンに伝わり、彼らが福祉の道を歩み、その音楽が利用者を幸せにするならば、などと淡い期待を抱いています。
 また、始めに書いた私の息子は今は中学生で反抗期真っ盛りです。それでも障害福祉同様、人と人が向き合うことには変らないし、また、今の苦労が後で意味を持つと確信しているので、日々を耐え忍ぶことが出来ています。息子はあまり歓迎していないようですが、親の仕事振りを近くで見せることが出来るのは幸せなことです。
 これを読まれている方の中にも、本当に辛くあるいは悲しい経験の真っ只中、あるいはそのような想い出をお持ちの方もいらっしゃると思います。しかし、今は分からなくても、悲しみ、苦しみ、耐え難い重荷にはきっと意味があります。
 神はご自身に似せて人を創造しました。これは人は自由意志を持つクリエイティブな存在だという意味です。だから、歩む道は自ら決定し道を切り開いていく事に間違いはないのですが、それと同時に、人生を導かれるというような考え方も、車の両輪のように存在するのではないでしょうか。導きを信頼し、今ある苦難を自分専用に用意された最良のものとして受け入れるならば、言わば「安心して絶望する」ことが、私達には出来るのではないでしょうか。

5タラントの会