キリストとの出会い
新しい歌を主に向かって歌い
喜びの声をあげて巧みに琴をかきならせ
(聖書)
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歌うような信仰
聖書の中に「私は神の掟を自分の歌にします」という一節があります。
歌はいつも口ずさむように身近で、楽しい気持ちや慰めに満ちていて、時には自分を奮い立たせたりします。
一人で歌ってもよいのですが、皆で歌うとまた格別です。
私は、神様に従う生き方が、歌のように豊かに響きあうものであれば良いと思います。
(2012.1.20)
祈りによらなければ
「この種のものは祈りによらなければ決して追い出すことはできない」 これはイエスキリストが弟子たちの前で悪霊を追い出した時の言葉です。
私たちは祈りをないがしろにし、お金や科学を盲信しています。
だからこの言葉が今、悪霊に魂を売り渡した私たちへの預言として聞こえてくるのです。(2011.12.11)
いつも側にいるイエス
娘の入院に付き添った時のこと。
ベッドの直ぐ横にあるゴミ箱に、英語で「冗談のゴミ箱、使い方はアイディア次第」と書かれているのに気付きました。病院に有りそうなプラスチック製の白いゴミ箱で、正面に十字架がデザインされています。
しばらく見て気付きました。それは礼拝の時の献金のカゴを模しているのです。
そのユーモアにとても感心するとともに、直ぐ側にイエス様がいてくださったことに気付きました。
そして、それに気付いたのは退院日の朝で、色々な意味で私は視野が狭くなっていたのだと思いました。(2011.2.1)
剣を鋤に
神様はこの世の武具を破棄しそして平和が訪れると聖書に書かれています。
本当の剣とは人の心にある、それも自分に向けた剣ではないでしょうか。どうにもならない、赦しようのない過去の自分と和解することが出来れば、本当の平和が訪れるのは間違いありません。
自分と和解しようとする、その背中をイエス様は押してくれていると思います。(2010.7.10)
困難に向き合う二つの方法。
一つは、この世での解決を諦め、神の裁きに希望を持つこと。
もう一つは、この苦しみを神から与えられた使命、神の計画の一部と考えること。これはイエス様に「あなたならどうしますか」と問うことです。
私は多くの場合、この二つを行ったり来たりしています。(2010.3.17)
眠れる幸せ
皆さんは夜、眠れますか。
ダビデ王は敵が迫るときも神の救いを確信し、夜は横になって寝たそうです。
昼間の苦しみは生きている限り仕方ないことかも知れませんが、せめて夜は寝られるなら、これは幸せなことです。
しかし、これが聖書に語られるということは、人生の理想像であり、それ程にも困難なことなのかも知れません。(2010.1.27)
荒野の40年
イスラエルの民がエジプトから導かれ荒野を旅する40年。まるで私の人生だと思います。救い出され、背き、迷い、そしてヨルダン川を渡ろうとする今、神に従えと聖書は命じます。
約束の地で尚背くことが分かっていながら、それでも神は命じます。
神が守り導いた歩みを軽んじてはなりません。(2009.8.28)
御足跡
公園で賛美歌を歌っているときのこと。本当は喜びにあふれているはずなのに辛くてしかたありません。利用者と音楽をすることは、時に苦痛を伴います。
もう我慢出来ないと思った瞬間、この苦しみはイエス様が通られた道程だと気付きました。
雨上がりの地面から沸き立つ湿った空気が、身体を癒してくれました。(2008.6.10)
神の御旨の不思議
イエスキリストの母マリアの受胎は、人の知恵では理解できません。
私のようなものが罪赦され、イエスキリストの弟子として仕えていることは尚更です。(2007.12.20)
コヘレトの言葉
全ては空、富みや知恵とて何になろう。
斜に構えたような言葉を追いつつ、あるところで気付きました。「神は人を真直ぐに造ったが、人は曲りたがる」。
斜に構えているのは聖書ではなく、人の方だったのです。(2007.9.17)
歴史の境目に
旧約聖書におけるイスラエルの民。繰り返される捕囚、押し寄せる異文化の波から、自分達の信仰を守るためひたすら律法を遵守しました。それ故、律法からはみ出る人達を排除せざるを得なかったのです。しかし、イエスキリストは、その排除された人たち、病人、罪人、取税人のために来られました。民が歴史の境目で行った、否、行わざるを得なかったのは、イエスを十字架につけることでした。
なんという悲しい歴史でしょう。そして、人智を超えた神の計画にショックを受けました。(2005.6.8)
ある朝の祈り
数え切れない程繰り替えした「助けて下さい」の後に、ふっと口から出た「委ねます」。
その瞬間、僕の全身からフッと力が抜けて、まるで少し床から浮くような感じがしました。
大切なメッセージに、やっと気付きました。(2004.12.21)
天に積みたいもの
ここに書くべきことではないかもしれませんが。
子どもの頃から躁鬱が大きいとは思っていましたが、最近は鬱が頻繁にくるようになり、それと同時に自傷(顔面を拳で叩く)もしています。ストレスに絶えられなくなると、発作的に叩いてしまいます。
また、「死」に対するイメージが両極端にはっきりと感じられるようになりました。一つは「死ぬのが恐い」もう一つは「早く死にたい」です。この双方の波の中で毎日揺れ動いています。
でもそれらの波の中から聖書の言葉が聴こえてくるのです。それは「天に宝を積みなさい」です。
自分の醜さ故、天にろくなものは積んでいません。でも、精一杯頑張ろうと思います。用いて下さるのは神様だと信じています。(2003.7.18)
聖書の非言語性
聖書は言語で書かれているのは当然のことですが、中身であるメッセージは「神から誰もが愛されていること、お互いに愛しあい生かしあうこと」でこれは言語ではありません。そうであるならば、言葉を用いなくても宣教は可能ではないかと思うのです。
というのは、仮に聖書の御言葉であっても「言葉の無意味さ」を痛感することがあるからです。愛しあい共にいること。これを神様は喜ばれると思うのです。(2003.5.4)
曲がりくねった道
クリスマス祝会での僕のスピーチ。
「売れないバンドマンが福祉職員になって、もう自分はダメかなとも思いつつ利用者と音楽をやって、教会の音楽家と一緒に音楽をやりながら、気がついたら今迄で一番音楽に情熱を注いでいる。この曲がりくねった道のりは、神が用意した僕のための特製のものではないかと思う。」
アーメン。(2002.12.23)
終わりの時
職場が終わる時を想像しました。
利用者一人ひとり、職員一人ひとりを送りだし、僕は最後に残ります。そしてイエス様が後ろから僕の肩を叩いてくれます。その時、僕は初めて勤めてきたことを労われるのです。
その時の為に、最後まで走り続けたいと思います。(2002.11.22)
一番近くの人
職場(障害者施設)で、長く休んだ同僚(指導員)がいます。利用者達と早く元気になるようにと祈っていました。
その職員が復帰した日、ある利用者は背中にすがりついていました。その姿を見て私は大きく打ちのめされました。休んでいる職員の為には祈っても、寂しがっている利用者の為には祈らなかったからです。毎日、一番近くにいるのに。私は何も分かっていないし、何も見えていないのです。利用者に心から謝りました。(2002.3.11)
新しい道
職場で、少しづつ聖書の話をしています。一体どうやって話したら良いのか。だって、言語の理解は殆どの人がないのですから。
でも、昨日の授業が終わって一人の自閉さんに感想を訊ねると、「あったかい」と教えてくれました。驚きました。確かに伝わっていると確信しました。いえ、伝えて下さる方がいらっしゃることをです。(2002.3.2)
神の導き
ストレスに満ちた日々の中で、自分で判断出来ない事柄、そこに含まれる矛盾に絶えられなくなり、パニックに陥り、神の意志を疑いました。しかし、矛盾を解決する方法などはなく、なおかつその職務は誰かがやらなければならないものであり、それに対する神の導きを信じるか否かが問われたのだと気づきました。私は、神がここまで導いたと信じると共に、これからも導いて下さるように祈ろうと思います。そして信仰の薄い自らを懺悔致します。(2002.1.16)
本当の自立
イエスの母マリア。受胎を告げられた彼女の「お言葉通り、この身に成りますように」の言葉が私の心に響きます。身の回りの多くの出来事に振り回され、時にその奴隷になる自分です。神によってこそ、本当の自由の身であることを日々覚え直していきたいと願います。(2001.12.16)
父なる神よ
11月4日は昇天者記念日礼拝でした。同じ教会員のすでに亡くなられた姉妹。思い障害を負っていた姉妹は、病床から私を励まし続けました。限られた言葉の中で、力強く伝えてくる言葉は、今もはっきりと耳に残っています。神に用いられた生き様でした。(2001.11.6)
叫び
十数年前、僕が教会に通い始めたころ、ある長老さんの祈りが心に突き刺さりました。丁度、大きな災害があった後の祈りです。「総てを神様は御存知で、その御手の中で行われていることです。しかし、私達は人間としてこの悲惨な事に叫ばざるを得ません。この叫びをお聞き下さい。」こんな内容だったと思います。
世界の出来事にしろ、身近の事でも、自分ではどうにも理解出来ない事、沢山あり過ぎます。祈る事すら忘れて、途方にくれる時があります。でも、神様の御考えを忘れてはならないと思います。幼子の様に、神様に叫ぶ。これで精一杯の時もあります。
そして、自らの叫びが、感謝の祈りに変わるのを待ちたいと思います。(2001.9.23)
十字架を負う生き方
先日、教会の勉強会でヨハネ伝9章について発表しました。盲人が癒される話の箇所です。私は、盲人の徐々に高まり、ついには告白にいたる信仰の変化や、排他的なパリサイ人達のあり方について発表しました。
勉強会が終わりに近くなり、隣にいた牧師から「安息日の規律をやぶり、十字架を負うきっかけになった出来事だ」という助言をいただきました。その時、私は、頭をがーんと殴られた位のショックを受けました。聖書の出来事、イエスの生涯は十字架抜きには語れないのですね。私は、聖書について、なーんにも分かっていないことがはっきり分かったのでした。
そして、後日、その話を牧師にすると、「聖霊が働かれたのね」との返事。これまた、ショック!とことん私は分かっていないのです。(2001.8.15)
裁くことと赦すこと
毎年12月が近くなるとキリスト者として洗礼を受けたときのことを思い出します。新約聖書には放蕩息子の例え話という箇所があります。遺産を前渡ししてもらい旅に出て、遊び放題のあげく無一文になり、改心して家に帰ると、大喜びで歓迎してくれる父親と、真面目に働いていたが故のひがみやねたみを持つ兄がいました。洗礼式では私はその放蕩息子と自分を重ね合わせて、自分が許されている罪人であり、迎え入れてくれる父なる神を信じると告白しました。
しかし、最近違う想いが心に強くあります。それは、放蕩息子ではなくて、弟をねたむ兄の方が私と重なり合うのです。私は周囲の人をねたみ、ひがみ、裁いています。その様な気持ちは、大抵雪だるま式に膨れ上がります。そして、時として自分ではコントロール不能の状態にもなります。
その気持ちに自分が縛られ、つらくてどうにもならなくなるとき、私は神に祈ります。そして再び自分が許された罪人であることを告げられ、周囲の人達に自分から謝る決心をしたときに、私の心に平安が訪れます。この平安を忘れずに歩みたいと祈ります。(2000.11.22)
僕が演奏する理由
キリスト教と出会うまでは、演奏する時に自分を良く見せようという気持ちで一杯でした。思い通りの演奏が出来ないといらいらしたりメンバーを責めたり、今思うと随分歪んだ心で音楽に取り組んでいたと思います。でも、音や時間を含めすべてを神様が創造して、僕が見守られていることを知り、
自分が許されている罪人だと気付いたときから、音楽の聞こえ方が一変しました。そして、演奏するときに技術的なことも考えていますが、心の根底には演奏出来ることの神への感謝を感じるようになりました。
日本基督教団戸塚教会

2000年10月に新しい礼拝堂が建ちました。多くの方々の御協力、本当に有り難うございました。お近くの方、是非お出でください。
- 神奈川県横浜市戸塚区戸塚町2494-1
- tel 045-881-3416
- 牧師
- 尾毛佳靖子
- 黒鳥栄
日本FEBC
教会に様々な理由で行きたくても行けない方、ちょっと敷居が高く感じてしまう方、ぜひキリスト教ラジオFEBCをお聞きください。お便りのコーナーや聖書の解りやすい解説、礼拝や賛美もあります。韓国からの放送なのでちょっと聞きずらいときもありますが、窓際にラジオを置くと、また意外とカーラジオで良くきこえます。
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