音楽療法奮闘記

新しい歌を主に向かって歌い

喜びの声をあげて巧みに琴をかきならせ

(聖書)

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第38回

僕の音楽療法(最終回)

 このコーナーを書き始めた6年前はまだ福祉の目的の中心は治療でした。少なくとも僕の施設では。だから音楽「療法」だったのです。そして僕なりの結論は・・・。
 彼らは治らない。また変化を望んではならない。何故ならば、今この瞬間の生活が「彼らのありのままで」成立している必要があるからです。それとは別に彼らは面白い(音楽的な)授業により確実に変化します。でもその条件は、彼らに変化を求めないことなのです。
 ありのままの彼らと「和音を響かせ合うこと」。これが僕達の仕事です。もちろん音楽だけではありません。全ての時、その瞬間瞬間が音楽なのです。
 私は治療の手段としての音楽から、生活そのものを音楽的に過ごすことへと方向転換しました。これは治らない人へのカウンセリングと同じ意義を持ちます。音楽やカウンセリングにはその結果だけではなく、その行為自体に価値があるからです。
 些か時間がかかりましたが、僕は利用者と音楽をする、というバンドマン時代に遡るかのような結論に達しました。これでこのコーナーを閉じます。(02.7.27)


第37回

表出援助から共同表出へ

 表出援助という分野があります。私は専門ではありませんが、文字通り利用者の表出を支援者が手助けするという方法です。例えば書道の分野の「手取り法」はそれと共通します。
 黒板に線を描く、楽器の弓を一緒に弾く、絵画をする等々、表出援助を意識しながら、何処か音楽に似ていることが気になっていました。援助をするよりも共演するという感触を強く感じるからです。
 最近、私は自分の中で、相手の支援よりもその動作を通じた共演、つまり「共同表出」という意識に辿り着きました。相手の力を感じつつ、時にこちらからも力を伝える中で、徐々に呼吸を合わせ意識を重ねていくのです。それは短い合奏のようです。
 勿論私は表出援助の考えを否定しているのではありません。音楽家出身の私は、感覚的な交流と創造的作業についつい流れてしまうという、私個人の特性から出てきたお話なのです。(02.7.4)


第36回

通過型施設

 通過型施設というのは、訓練により社会への適合能力を身に付けさせるということを意味する言葉です。まあ、ナンセンス福祉用語の代表です。
 先日の学園祭では、数名の元職員が遊びに来てくれました。退職した職場に顔を出すのは、さぞかし敷居が高かっただろうに、本当に嬉しかったです。
 激動の中でもみくちゃにされ、利用者からも管理者からもこてんぱんに痛めつけられた元職員達。その人たちが、学園祭を見に来てくれたことは、本当に嬉しいことでした。彼ら彼女らの表情は激戦をくぐり抜けた後の安堵の笑顔に変わっていました。でも、きっとフラッシュバックに苦しむ時もあるでしょう。
 職員が通過して、そしてまた遊びに来てくれること。この意味で通過型施設であるならば、僕はこの言葉は大歓迎です。通過して行った職員達の傷が早く癒えることを祈ります。(02.5.19)


第35回

音楽的な学習

 学習指導それも音楽的な学びにこだわり続け、あれこれ考える中で土台として見えてきたことを気持ちを整理する意味でここに書きます。
 僕が行う学習課題は、音楽の持つ要素を可能な限り細分化し、それを特定の目的の為に再構成したものと言う事ができます。これは音楽の場合で言い換えると練習曲そのものです。いわゆる練習曲が楽曲の範疇におけるものなのに対して、僕が行う学習は音楽の要素に、身体表現、文字、絵画、言語等、可能な限りの表出の要素を加えて、グループワークの形態に再構成したものです。
 ポイントは学習者がありのままの表現を行い、操作的な作業ではないということです。つまり、一緒に音楽をやるのだけれど、普通は互いに楽器を持っている所を、学習者は鉛筆で模様を書いていたり、身体で何かを表現していたり、という風で、それらは形を変えた音楽である、というような考え方です。
 このような学びを通して、利用者、職員、あるいは指導者学習者を問わず、つまりその場にいる人が、たっぷりした学びの体験、実感を持つことが私の目標です。
 音楽的な生活には、そのような学びが必要不可欠であると思うのです。(02.3.12)


第34回

勉強の効用

 年度末を迎え、個々の利用者の処遇記録を作っていますが、そこで気付いたのは、今年度に見られた利用者の驚異的な変容です。
 日々の授業の中では、ひたすら「面白い勉強」を追い求め、利用者の変容は全く望みませんでした。ところが、暴力を振るわなくなった人、即興演奏が可能になった人、歩き回らなくなった人など、文書化して初めて気付きました。ああ、この人は一年前は暴力があったんだ、っていう感じです。
 今の方向性を裏付けるかのような正に「驚異的」な変化に、とても勇気づけられました。(02.3.9)


第33回

僕なりの覚悟

 僕が心掛けていることに、利用者に対して話すことと職員に対して話す事を同じにすることがあります。相手を一人の人間として認めるならば、声をかける内容も基本的には大きく違わないはずだと思うのです。しかし、施設の利用者に対する学びの場の提供と、援助者を育てるための教育、即ち職員研修はどうしても等しくなりませんでした。
 最近、学習指導の内容をあれこれと考えている内に、利用者に体験して欲しいことと、職員に対するそれとが、全く同じであることに気づきました。よくよく考えてみれば、人が本当に学ばなければならないことは、とてもシンプルで誰もが一緒に追い求めていくものではないでしょうか。
 それに気付くのに随分時間が過ぎた事を、職員達に申し訳なく思います。さあ、みんなで勉強しよう。(02.2.5)


第32回

覚悟を決めよう

 苦情解決の研修会で「苦情は施設の宝」だということを学びました。つまり苦情を申し立てる事ができる関係性こそが大切であるということです。ホミニス学園も幸せなことに苦情を沢山頂きます。申立人は、地域住民、利用者、職員、そして保護者からと分類できます。その中で、一番心が痛む苦情は保護者からのものです。
 最近受けた物は「屋内ではコートを脱がせてほしい」です。私は「本人が判断可能であり、施設内は自閉さんのこだわりにより窓が全開に度々なりとても寒いこと」などを説明しましたが、「コートの袖が食事の時に汚れる」を根拠にがんとしてききません。本人の判断を尊重するより、コートの方が大切なんですよ。もう一つは、こちらから依頼した保護者による送迎を断る親。その理由はパート。送迎バスの中で度々裸になってしまう彼女は、その他の問題行動によりたびたび他害行動の標的にされます。それを知っていて、断る親。本人の人権よりパートが大切なのです。
 私達の幸せな生活は、障害者を切り捨てたことに可能になったものです。だから障害者と一緒に生活を共にすることは、その幸せをほんの一部でも捨てる覚悟が必要です。服が汚れてしまうこと、パートタイムが出来ない事。これらは立派な理由ではありますが、あまりに本人達の利益とは無関係です。
 しかし、これらの根源には、親が本人を徹底的に価値のないものと信じ込んでいる事実があります。親達は子どもを価値のないものとして扱うことを愛情であると信じ込み、子どもは服従することだけを生きる術として学び、その悪循環を何十年も過ごしてきています。仮にクリーニング代やパートタイムの損失分を施設が負担しても、原理的に保護者による利用者虐待は止まるはずがありません。利用者の心を思うと、私は言葉が出ません。(02.1.19)


第31回

見えない巨大な力

 いつだったか、教会の日曜礼拝から帰宅すると、自宅近辺が通行止め。毎年の事だがお神輿が通るため、自宅に帰れなくなる。一宗教の行事がここまでの強制力を持つことには恐怖感を覚えるが、もっと恐ろしいのはその出来事に対して、不明確な認識のまま、何となく当たり前のこととして誰も異議を唱えないことだ。
 お神輿の為に自宅に帰れなくなるだけではなく、「障害があるから施設に通う」、「障害は治すもの」、等々、根拠の些か不明確な「当たり前のこと」は、特に施設職員の周りには数え切れない。
 不明確な巨大な力の影には、権利を奪われる弱者がいる。契約制度が叫ばれる中、単に「約束による対等性」という表面だけでなく、明確で合理的な方法をもって弱者を包含するような社会を目指すことが大切だと思う。
 巨大な力に囲まれた時は、誰だって口を閉ざすか、置かれた状況を合理化するのが関の山だろう。しかし、仮にそうであっても、その不明確さを見抜く視点を忘れてはならないと思う。絞られ続けた弓はいつか放たれる時が来る。(02.1.5)


第30回

過保護な保護者

 下の記事の保護者のとても印象に残った言葉。「こんな思いをしたのは初めて!物凄く傷付いた」この言葉が全てを示しています。
 その保護者は明らかに施設に対する反感を度々示し、その都度、私は冷静に施設の方針を説明してきました。それを保護者は傷付いたと訴えているのです。
 こんな思いをするのは初めて!なのは何故か。それは今までに誰も保護者の問題点を指摘してこなかったからです。誰もその圧倒的な非常識さに正面から向き合わなかった。違うものでお茶を濁し、焦点となる保護者と子ども本人との関係性にメスを入れなかったからです。そして周囲の援助者は恐らくは「後数年限りの付き合いだ」と見てみぬ振りをしてきたのでしょう。勿論、保護者を一方的に責めることは出来ません。
 障害児に関わる専門家の皆さん。どうぞ保護者の方々と正面から向き合って下さい。過保護にしないで下さい。犠牲になるのは後々つき合う施設と何より本人なのです。(01.12.27)


第29回

通園の理由

 こだわる訳じゃないけど・・。やっぱりこだわってるかな。
 先日、保護者からクレームが絶えないケースについて茅ヶ崎市障害福祉課のケースワーカーと3者面談を行いました。保護者は全身全霊で施設に対する不信感、自分が施設からの被害者であることを訴えていて、僕は当事者の合意の上にサービスは提供されるべきなので退園が望ましいと提言したが、ケースワーカーの答えは・・
 行政の措置権を根拠に措置を継続するという正に行政処分という言葉がぴったりくるものでした。更に、同意が得られない以上措置費は受け取れないので、措置解除の上で通園してもらいたいと食い下がると、「訓練してもらわなければ困る」とのこと。僕は「?????」
 こんなやりとりが2001年に行われていたということを、どうしても公の場に記録したくて書いてしまいました。(01.12.27)


第28回

価値観

 クリスマス会で利用者と音楽をやりながら毎年感じることは「保護者がうるさいなあ」ということ。聴いてくれない。お母さん同士のお喋りに夢中で、主役の利用者の演奏なんかそっちのけ。
 きっと保護者には僕達がやっている音楽の価値が分からないというのが根源的な理由なんだろう。
 価値観というのは、それを理解する人にしか価値を持たない。当事者を含む社会全体に問い続けること。これがホミニス学園の仕事なんだと最近つくづく思う。僕は部下にいつも言う。「施設職員は商売人とは違う!」。なーんでも金に還れば良いってものじゃないよね。(01.12.21)


第27回

利用者の叫び

 ホームルームで園生達と連絡帳(職員と保護者が毎日やり取りするノート)について話し合いました。書いて欲しいことの代表的意見は「良く頑張った」、書いて欲しく無い事は「出来なかった事や自分の悪い所」でした。それに附随して悪い事でも何度も注意されたくないという興味深い意見も出されました。そして、それらを包括的な表現として「評価の対象とされたくない」ことかと尋ねたところ大きな頷きが返ってきました。
 障害があること、援助が必要であること、はたまた援助的なアセスメント等々。これらと「相手に評価を受けるような実感を持たせること」は全く違います。そのことを今回の利用者の叫びから痛烈に学びました。日々、園生達に頭が下がります。(01.12.16)


第26回

援助職の仕事

 利用者(保護者)からのクレームが絶えないので、市の障害福祉課に相談に行ったら、ホミニス学園が問題施設扱いされていて驚いた。確かに退園者は多く出ているものの、市からは過去に何一つ問い合わせも無く、そして自分(cw)を第三者と呼んでいたのは驚いた。公平さの欠片も無い第三者は、野次馬以下だと面接をしていて痛感した。もう一つ、その利用者は「施設が足りない」から仕方なくホミニス学園に通園しているとのこと。これは単なる開き直りに過ぎない。ホミニス学園だって当事者が作り運営している施設だし、無ければ作れば良いだけだ。それを支援するのが援助職の仕事であると気付く人は、茅ヶ崎市にはいないらしい。また、今回も本人の意志は話題にも上らないのは、何か取り決めでもあるのだろうか。(01.12.5)


第25回

僕達が学ぶべきもの

 そろそろ施設ではクリスマスの準備が始まりました。先日も利用者を交えて「クリスマス会」では何をするかを話し合いました。利用者の意見を聴いていると、気付くのは、僕の問いに対する彼等彼女等の反応は「とんでもなく早くしかもストレート」であるということです。
 クリスマス会で音楽とパントマイムをやりたいが、それで良いだろうか。利用者は「良いよー」「ツリー」「ケーキ」「あーーー」「うっうっ」。とにかく即答なのです。それに対して、同席していた職員に質問しても「うーん、えーっと」という感じで自分の意見を言えません。
 どことなく「障害者はのろい」と思い込んでいませんか。確かにそういう面も(特に集団になったときには)ありますが、ことコミュニケーションに関しては、多くの人たちは僕達よりもはるかに高速で適確な技術を持っています。
 僕は最近、職員と話しているよりも利用者と話している時の方が「ストレスがない」ことに気付きました。それは、彼等のコミュニケーションスキルに大きく助けられているのだと思います。ただ、根源的には、それは彼等彼女等の生き方そのものが大きく関係しているかもしれませんね。 (01.11.24)


第24回

若者は良い

 今年度の「介護等体験」の実習受け入れが終わりました。若者達(僕は彼等彼女達と世代のギャップを感じるようになってからどの位経つだろうか)と共通の事柄を学びあうのはとても新鮮な出来事で、時にドラマチックですらあります。彼等の何人かは、とても良い感受性を持っており、自己に対する洞察力も、殆どの人が優れた能力を示したのには驚かされました。
 その反面、器用貧乏というか、指導された内容を上手に吸収するあまりに、理解が表面的な感じも受けないわけではありませんでした。しかし、これは若者らしい吸収の早さなのでしょう。
 一番驚かされるのは、何名かに限られてはいるものの、ちゃんと礼状を書いてくるのです。ここには本当に率直な感謝の想いと将来の希望が語られています。
 私は今、若者達をどこかネガティブな視線で見ていた自分を、率直に反省しているところです。僕の20歳の時より、よっぽど活きいきしているし、しっかりしています。 (01.11.5)


第23回

愛のイメージ

 愛ってなんでしょう。まあ色んな愛があると思います。親子愛、友情、恋愛、また神学的な愛もありますね。
 僕は愛の要素に「無条件であること」がとても大切だと思うのです。条件付きの愛はとてももろく、一瞬にして憎しみに転じると思うのです。
 障害者に関わる人たち、親や教師を見ていて時々驚かされるのは、障害を持つ方に「条件」をつけることが余りに多く、それを愛情だと信じ込んでいることです。
 誰だって相手のすべてを受け入れることは出来なくて当たり前です。でも、それを理由に相手を服従させるのか、それとも自らの寛容でない様を振り返るのかは、精神論の枠を飛び越えて教育や援助の方法に直結する事柄で、一つ間違えば虐待を正当化することにも繋がります。
 どうしてここまで多くの教師や保護者が「能力主義」に片寄るのか、それを思う時に社会全体が産業の発展のみを追求してきたことが思い起こされます。そして最近の改憲論を聞く度に、戦前の教育が復活するのが心配になるのです。(01.10.27)


第22回

ちょっと一息

 今回は、初めて音楽療法っぽい話題です。といっても、学習や作業指導の場面での話なんですけどね。
 最近発見したことは、利用者や指導者の緊張や心理的な疲労を、セッションの途中で和らげるのに、音楽がとても有効だということです。こう書くと何か難しそうですが、やってることは簡単です。40分のセッションの大体25〜30分位のところで、一旦休憩にして、僕がコントラバスで一曲弾く。ただそれだけです。指導している僕も、利用者も、丁度良い、軽いリセット感っていうのかな、とにかく良い感じの休憩になります。
 注意することは、休み過ぎないことです。その場面の意味合いが、休憩から指導終了に勘違いされてしまう可能性があるからです。一曲弾いたら、拍手を誘導して雰囲気を和ませたら間髪入れずにセッションの山場に導く。その為の助走みたいな感じでもあります。良かったら試してみて下さい。(01.10.11)


第21回

どっちが先生?

 絵画をベースにしたグループワークをしていたときに、ひょっこり現れた彼。gwは大の苦手。おびえた表情で僕の顔を伺っては体全体を硬直させていました。
 僕は隣にいた利用者にその硬直した手を支えることを促しました。するとどうなったか。硬直した手から力が一気に抜け、水を得た魚の様に絵を描き始めたのです。その時の自慢げな表情といったら・・。
 表出援助という分野になるのでしょう。でもそんな理屈付けは、もう、どうでもよいのです。一体、誰が、彼等を障害者と呼んだんだ?(01.9.17)


第20回

走り続けること

 オートバイと音楽の共通点はなんでしょう。
 答えは、「止まったらコケる」
 まあ、わざと止まることもあるけど、その意味を成すためには止まっていてはだめだよね。両方とも。
 でも、ふっと、不安がよぎりました。利用者といつまで走り続けられるだろうかと。施設福祉は、矛盾をはらみ過ぎている。措置や契約うんぬんじゃなくてね。その存在自体が気に入らなくなってきた。そこで働いているのにね。
 オーバーヒートかな。(01.8.26)


第19回

信頼と期待

 最近思うのだが、信頼と期待は違うと思う。
 相手に信頼をおくことは、じっくりと待つことで、期待とは相手を急かすことだ。
 期待しないのではなく、期待を負わせないでじっくり待つ。
 期待しないで信頼することは、しばらくの間、僕の座右の銘になりそうだ。
 園生も職員もみーんなね。(01.8.10)


第18回

施設に通う意味

 前から気になっていたことなのですが、何故僕の施設には、大勢の利用者が通っているのでしょうか。まあ、諸事情あったり、更生相談所で言われたからとか、理由は様々なのですが、どうも曖昧なんですよね。
 確かに、何人かの利用者は職員の援助無しには生活が成り立ちません。でも、それにしても年間にして2百何十万ものお金を(しかも税金から)もらって、私達が預からなければならない理由が、はっきり言って私には分かりません。よく施設が足りないと言われますが、私の所に限って言えばそんなことないですよ。だって、みんな何の援助もなくたってちゃんと一人で生活してますよ。在宅だって全然平気なはずです。
 そんな中、面白い訓練科目を見つけました。「勉強」ですよ、「勉強」。滅茶苦茶楽しいです。あんまり楽しいから時間割りを作りなおしたら、作業訓練が殆どなくなっちゃった。
 どこが楽しいのかと言うと、とにかく指導員のパフォーマンスなのですよ。私のバンドマンの魂が叫ぶのです。つまらなければみんないなくなるし、面白ければ盛り上がる。障害なんか関係ないんですよ、勉強するには。(あ、音楽も同じだけど)
 そして気が付きました。これは施設に通う立派な理由になるなって。(01.7.29)


第17回

利用者との距離感

 最近、面白いことに気付きました。それは、今まで、利用者と職員は1対1が、一番安全で、楽で、良いことづくめだと思っていたのですが、実はそうとも限らないということです。
 先日、遠足に行きましたが、その時、私は体調不良の利用者と1対1でマイクロバスの中で待機することになりました。これなら楽勝だぞと思い、ギターを弾いたりしながら時間が過ぎるのを待っていたのですが、途中でおかしなことに気付きました。妙に疲れるのです。苛々するのです。なぜかと言うと、相手の一挙手一投足が気になり、ついつい口を出してしまい、つまり、相手との距離感が保ちにくいのです。その時の利用者もさぞかし窮屈な思いをしていたと思います。
 施設職員が自らの職務環境を語るときに、一人で大勢の利用者をみる、あるいはみざるを得ないということは多くあると思いますが、僕も含めて時として「開き直る」口実になっていることもあるのではないでしょうか。今回の発見で、その原理がひっくり返っちゃったのです。少なくとも親御さんを責めることは、安易には出来ないなと思い直しています。
 でも、何か大きなヒントですよねこれって。(01.3.25)


第16回

援助の妥当性

 いやー、ついにぷっつんきてしまいました。今年度の行政監査です。
 監査の立会は3回目だったし、これまでにも男性監査員が女子更衣室を施設職員の立会もなしに覗く等、問題があることは認識していたし、雰囲気にも慣れているつもりだったのですが、県職員のあまりの「チンピラぶり」に、思わず「おめえ、態度悪すぎなんだよ」と叫んでしまったのです。
 相手の言動の中には明らかに問題がある行為(調理実習で使う厳重に衛生管理されている食材を洗わない手で触った)もあり、それについては、代表者?が謝罪しましたが、当の本人は開き直り「洗えばいいんですか」だって。
 そもそも、挨拶するのに目を合わせないは、ネクタイは緩めているは、あれじゃ、借金の取り立て人だよ。更に驚いたことに、後日理事長宅に県福祉部から電話があったとのこと。上司に告げ口したんだよね。子供の喧嘩じゃあるまいし、みっともないったらありゃしない。
 で、何が言いたいかというと、あらゆる援助には、その妥当性を振り返るという姿勢が必要だということです。だって、理由の説明もなく、ケース記録は印刷してないとだめ、とか言うんですよ。紙の記録なんか検索出来ないから不便で使ってないんだもん。このペーパーレス時代(当たり前で死後になりつつある)にどのような根拠があるのでしょう。しかも、自主的な経営を促進する改革の真っただ中なのに、その足を引っ張ってどうすんだ?。そろそろ、行政も自らの援助の妥当性を振り返るということに気付いたら嬉しいんだけど、まあ、当分先かな。(00.10.8)


第15回

施設サービス評価基準について

 厚生省から障害児者施設サービス評価基準が発表されました。施設での虐待の報道は後を断たないし、規則で管理したくなる気持ちは解るのですが、どこか矛盾を感じます。
 先ず、それらのチェックリストを用いても、問題となる事柄は表面化しないですよね。だって悪いことは隠すのが人情だもの。それに表面化しても、そうならざるを得なくてやっているなら、一方的に職員を責めても仕方ありません。
 それに、人の生活や援助という形も定まらず数値化出来ないものをどのように評価するのでしょうか。これについては、厚生省も「施設の格付けが目的ではない」と、利用者への情報提供の意義に反することを明記しているため、矛盾をはらんでいることは気付いてはいるのでしょう。
 もう一つ心配なのは、施設職員の心理面に対することです。誰でも評価の対象になればその結果を意識せざるを得ません。チェックリストで援助を判定するのは、「これさえしていれば」とか「この程度なら」等の開き直りや向上心の低下を招きます。そして心は利用者からは逸れていきます。
 そもそも、このような評価が必要になった背景には、地域生活を望んでも地域が利用者を排除したり、支援の責任を施設に押し付けてきたこと、行政がそれを推奨してきたことがあります。だから、ただ単に施設の閉鎖性を解き、評価の対象化とすることを考えるのではなく、現在の施策は「利用者と地域の分離から融合」の道程のただ中にあることを忘れてはならないのではないでしょうか。
 こんなチェックリストよりも、もがき苦しむ施設職員達の叫びを地域に届けるような働き掛けを望みます。ありのままの現実を地域社会に伝えたくても、施設にはその方法すら分からないのです。もしも叫びを聴かれたならば、そこが地域福祉への第一歩だと思います。(00.6.27)


第14回

施設職員当番制

 施設勤務は何故ここまで疲れるのでしょうか。利用者への援助も確かに重労働なのですが、私が強く感じるのは施設の外からのストレスです。最善を尽くして援助をしても保護者達の無関心は圧倒的で、そのくせ文句だけは100人前で、行政は県の頭の足りない監査班が措置費で運営することの太平洋より深い惨めったらしさを教えてくれるだけです。これじゃ無理だよ。誰だって辞めたくなる。そもそも、地域福祉を目標とするなら障害者は施設じゃなく地域生活をしていなければおかしいのに、それを施設に押し込めて後は施設は方々から文句を言われてじっと我慢の子でいるしかないなんて。
 そこで思い付いたのが、福祉施設職員当番制です。施設は自治会が運営主体となり、職員はごみ捨て場(障害者をごみと一緒にする気はありませんが)の掃除当番と同じように、当番で行うのです。まあ、任期は数週間から1カ月程度で良いのではないでしょうか。企業は福祉休暇を就業規定に設ければよいし、既にある育児介護休暇を地域に視野を広げたと考えれば特別なことではありません。当番になった人は、周囲の視線があるから援助について学び始め、専門職はその学びをアシストすれば良いのです。地域毎の特色も生まれれば競争原理が働き、良い援助をする地域は税収が上がります。職員の給料だって年功序列はありえないから、経費はとても安上がりになり、地域住民の誰でもが施設に携わる事で、福祉的な意識は豊かになり、人の出入りがあるから虐待も行われにくいし、利用者は様々な人との出会いが得られ、正に良いことずくめです。
 責任の所在が不明確になりやすいとは思うけど、地域の責任を特定の法人や施設に負わせて、後は施設に文句を言い放題な現状より、地域の責任は地域で負おうという発想の方がはるかに自然だし、健全です。
 はっきり言って基礎構造改革の中のサービスを金で買うという発想では、地域福祉の問題は永遠に解決しないと思います。それより、「施設職員当番制」いかがでしょうか?(00.5.30)


第13回

利用者の文化

 うちの学園で最近始めたプログラムにホームルームというのがあります。これは利用者自らの悩みや望み、相談事等を利用者同士で話し合うというものです。このプログラムでちょっと驚かされることがあったので今回はそれを書きます
 ある利用者が他の利用者について話し合いたいと職員に申し出ました。話題にしたい利用者はダウン症の女性でストレスから物を叩く問題行動があり、その行動について話し合いたいということでした。
 そして話し合いの場面では、司会の職員がその事について利用者に意見を促すと、始めに申し出ていた利用者が「はい」と手を上げ、「*さんは助けを求めてる」と発言しました。話題になっている女性も勿論聴いていました。でも、その女性の言語能力はかなり限られているため、話し合いの内容を理解しているかは定かではありませんでした。
 そして翌日から、驚いたことに問題行動はぴたりとなくなりました。少なくとも数日間は。これまで数年間、問題行動は職員があれこれと手を尽くしても治らず、半ば諦めていたところです。それが利用者の発言で数日間ではありますが止まったのです。
 カウンセリング的に解釈すれば、その利用者は自分のメッセージである問題行動について「聴かれた」感覚を持ったのでしょう。でもそれ以上に感じるのは、恐らく施設利用者同士は、彼ら彼女ら独自の文化を持っていて、その文化の中で傾聴されたということが重要だったのではないかということです。つまり職員はその文化にどうしても入り込むことが出来ないから、傾聴しようにも原理的に出来ないのです。
 僕の新しい目標が今回の出来事ではっきりしました。それは利用者から学び、彼等彼女等の文化圏に入り込むことです。これも、一生涯の目標となりそうです。  


第12回

情報の功罪

 最近おかしな事に気付いた。福祉の分野の勉強は、すればするほど疲れる。すればするほど自分を責めたくなる。
 インターネット、書籍、テレビなど。どの情報源からも、「こうすれば効果がある。こうすればもっと良くなる。」って叫んでいる。まるで、現状ではだめですよって責めるみたいに。
 もっと良い生活を望んだり、それに向かって努力すること。それと現状の生活を否定的に見ることは無関係だよね。でも、勉強すればするほど、焦ってきちゃう。
 何で自分たちを責めなければならないの? みんなくたくたなのに。生きているだけで十分じゃないか。これは嘆きじゃないよ。元気に生きるための、新しい一歩なんだ。いちぬーけた。


第11回

何の為の施設?

 社会福祉基礎構造改革が進み、老人施設ではいよいよ介護保険制度が導入されようとしています。そのせいか、最近あちこちで、利用者に選ばれる施設になるにはとか、施設経営のあり方を問い直すべしというような勉強会が行われています。
 しかし、ちょっと気になるのは、利用者主権と言いながら、大抵は施設の生き残りが論議の中心であることです。措置制度の上にあぐらをかいてきた施設のあり方は批判されるべきだし、制度疲労も認めざるを得ないでしょう。しかし、それと施設の生き残りは別問題だと思うのです。
 この激動期にこそ、福祉の専門家としての視点が欲しいですよね。行政にも当事者にも恐らくまだ見えていない、将来の地域福祉を見通したニードというのがあると思うのです。それを指摘し充足するための準備を整えるのが、今の施設あるいは専門職の課題(具体的には何かって?その内に書きます)だと思います。その課題をほったらかしにした場当たり的な発想は、地域福祉実現に遠回りになるだけのように感じるのです。
 まあ、僕の勤める施設が倒産(っていうのかな、要するに潰れること)したら、地域における使命を全うしたと、潔く納得しようと思っていますが、ちょっとお気楽過ぎですか?。


第10回

援助観について

最近、思うことは、本当に様々な援助に対する思いというか価値観があるなあという ことです。保護者、養護学校の先生、僕みたいな施設職員、ケースワーカー、学者、 番外として県の福祉課の監査班なんかもありますが、みんな様々な立場で援助に 関っています。

特に気になるのは、養護学校と施設の援助観の違いです。私の施設に措置される 人達は、その寸前までは養護学校の指導方針で「教育」されていますが、措置された 途端に、施設の「処遇方針」に切り替わります。なんか、本人はそれに振り回されて いるような気がするんですよね。それと保護者も・・。

福祉の教科書にはライフサイクルやライフステージなんていう都合のいい言葉で、 援助の方法を小奇麗に説明していますが、そもそも人生はそのようなレールの 上に乗っかるべきものなのでしょうか。どうも主体がはっきりしないことが 多いんですよね。本人の人権ってやつが。

相当、腰を入れて取り組まないとならないでしょうね、この問題は。


第9回

ちょっとテンポを落とそうよ

先日、脳性麻痺の人達の飲み会の介助という初めての体験をしました。その人達の、吹っ切れたようなハイな飲みっぷりには、ちょっとたじろぎましたが、それ以外にとても考えさせられることがありました。

がんがん飲みつつ、排泄は全員共尿瓶で行っていました。周りでお酒を飲んでいる中で、ちょっと横を向いて排泄をする様子に、始めはちょっと戸惑いつつ、その手伝いをしました。でも不思議なことに1時間もすると殆ど違和感を感じなくなっていました。

世の中が余りに小奇麗でテンポが速いから、それに乗れない人達もいます。僕が教えている園生は、パニック、発作、問題行動等、社会に受け入れられにくい要素と共に生きています。でも、それらは"慣れてしまえば平気"という程度のものも多いのです。

ちょっとテンポを落として、みんなでのんびり歩けたらなあと思います。


第8回

聴けなきゃ始まらない

先日、カウンセリングの勉強会で初めてロールプレイを行いました。カウンセラー役、クライエント役共、とても緊張しましたが、"僕は人の話を聞いちゃいない"ということが良く分かりました。それと同時に不思議な体験をしました。

それは、クライエント役(音楽家から福祉従事者への転職の戸惑いを相談)の時に感じたものです。

「どうせ、ミュージシャンの気持ちはミュージシャンにしか分からないだろう」

自分自身のこの感情に驚きました。そして、僕は利用者達に「どうせ分かってもらえないだろう」と思われていないだろうか、と少し背中が寒くなりました。と同時に胸騒ぎがしました、「何か大切な物を掴んだ」と。

仮に相手に言語の能力が無くても、その壁を超えて共感し、相手に添って共に歩むべきだということを強く感じました。

ところで、傾聴には物凄い精神力が必要なことにも驚いています。一生、修練ですね、これは。


第7回

生きること

年度末なので、学園に溜まってきた園生が書いた作文や絵画の整理をしました。今は退園した園生の作品がひょっこりと出てきたりして、ちょっと感傷的になったりしていましたが、色々と見ている中で、ある作文に目が止まりました。それには、「電車の運転手になりたい。テレビを見たい。ドライブに行きたい」等、何々がしたいと言う言葉が続いていました。最後の方には、トイレに行きたい、なんていうのもあって、吹き出してしまいました。

少し考えさせられたことは、その園生に何かを促したときに、「何々しても良いの?」と言う返答です。この作文の内容と重ねて考えると、本人の意思が尊重されなかった日々が、ぼんやりと浮かび上がってきました。

福祉ぼけと言う言葉を御存知でしょうか。介助に頼ることに慣れてしまい、自分からは何もしなくなってしまう事を言うそうです。それとは少し違いますが、指示されることに慣れてしまい、自分の意思や感情を自分で疑ったり自信が持てなくなってしまう人もいるそうです。

もしも、知恵遅れという理由から、生きる為に「他者の言いなりになる」しか道がなかったら、それは生きているとは言えません。それなのに、僕は真剣に彼らの心に自分の周波数を合わせたでしょうか。それ以前に、僕自身が本当に生きていたといえるのか、つまり、生きた魂と魂の交流を行ってきたのかどうか・・・。

何故、彼らから学ぶ事は、これほどまで沢山で、なおかつ奥が深いのでしょう。


第6回

帰る場所

僕の友人で、数年に1度、旅に出る人がいます。何もこんな寒い時期(二月上旬)に行かなくてもと思いますが、まあ、これも自己決定の一種なのかななんて思っていました。

意外にもその旅は一日で終わりました。連絡を受けて安心しましたが、一番驚いたことは、翌日に見せてくれた日記です。そこには、この様に書いてありました。

かえってきました。これからもがんばります。

それを読んで胸が詰まりました。人が生きる上で様々な困難がありますが、一番悲しいのは、帰る場所がない事だと思います。彼は、自分の家庭を帰る場所と認識し、その場所で頑張ると言ってくれたのです。

皆さんには、帰る場所はありますか?


第5回

出会いと別れ

僕の施設で最近、数名の人が退園しました。ある対象者は、ここ1年程で、社会性に驚くほどの成長を見せましたし、もう一人の対象者はピアノの演奏の可能性の扉を開きかけたところでした。二人とも保護者の意見で退園しましたが、僕は退園までの過程があまりにとんとん拍子なのでとても驚きました。

楽譜を読めない(もしくは認知させるために膨大なエネルギーを必要とされると思われた)対象者に、コードを数字で表わす方法で指導したら、驚くほど早く覚えてくれたり、とても内向的だった彼が、職員もてこずる園生のケアーをやってのけるようになったのは、出会ったころには想像もつきませんでした。本当に人間は成長するんだ、と言うことを彼らは教えてくれました。

それにしても、余りにあっけなかったです。こんなもんなんすね、措置っていうのは。


第4回

ドーンと行こうよ

複数の人間が場所や空間を共有して生活する(つまり社会を形成する)には、お互いがどのように暮らせば良いのでしょうか。だって、例えば知的障害者にしろ老齢者にしろ、また犯罪者にしろ、ある比率で確実に存在し続けることが分かっているのに、見て見ぬふりをしたり、大多数者の価値観や風習や都合を押し付けたりしているのが現状だからです。それに、僕が指導している園生の殆どは、今後生きている間に、喋ることが出来たり一人で買い物に行ったり、つまり、よく言われる自立なんか有りえません。でも、今の僕を奮い立たせているのは、障害を持つ人達であることは事実なのです。

生き馬の目を抜く世界に生きているビジネスマンや、ワイドショーにしか興味が無いおばさんが自分中心なのはまだ納得行くのですが、僕が一番がっかりさせられるのは、世の中で数少ない理想を追及できる職業である、音楽家と福祉従事者のそれぞれが、以外と相手の価値観に無関心なのを見せ付けられた時です。人間だから限界はありますが、音楽にしろ福祉にしろ、夢や希望や愛が売り物(と僕は思う)ですから、E線のロングトーンみたいに、ドーンと大らかに行きたいですよね。

ちょっと、愚痴ってしまいました。次回は元気に書きます。


第3回

テンポの違い

個人には特有のメンタルテンポというのがあるそうです。これは音楽療法のセミナーで習ったことですが、僕がそれを感じるのはむしろ日常生活の中です。いわゆる健常者の世界では、「今日、何食べる?」と聞けば数秒で「ホープ軒のラーメン」とか答えが帰ってくるのが普通ですが、それが通用しない世界があるのです。でも、対処の仕方は簡単です。ただ「待つ」だけです。でもこれが以外と難しい。つい要らない声かけで、かえって相手の反応の邪魔をしてしまうことが多いです。ある日、ある女の子に「ペンキ塗りやる?」と声かけし待つこと数十秒、「ペンキ塗りやりたい!」と返事が返ってきたときは、思わず勝った(自分に)と思ってしまいました。

でも、この問題の背景には施設の職員の数が大きく関連していると思います。養護学校などに比べ、どうしても指導員と園生の比率は大きくなりがちだからです。だから、指導員が全員のテンポに合わせ切れないのです。でも、ここにヒントが隠されています。ピアサポート(園生が園生の介助を行う)は、指導員の数の問題を補うだけではなく、将来の福祉の在り方を強く示唆していると思うからです。


第2回

スタートライン

強い幻想の中に住んでいる(様に見える)彼との出会いは強烈でした。僕の楽器は振り回すし、窓から物は投げ捨てるし、近寄れば逃げるくせに、気が付くと側にいるような、まるで宇宙人に会った様な気分でした。僕は思いました。マイルスとピカソを超えられるのは奴だ、と。

ある日、二人だけでマイクロバスに乗る機会がありました。運転席の僕と最後部席の彼。話し掛けても当然の様に返事はありません。でも、諦め半分に「僕の声が聞こえていたら、手を挙げて」と声かけしたら、俯いたまま、すっと腕を上げていました。ルームミラー越しに見た、彼の右手が目に焼き付いて離れません。そして思いました。「やっと、スタートラインだ」と。


第1回

福祉施設になじめない僕

ひょんなきっかけで、96年から福祉施設(知的障害者通所更生施設)で音楽療法を行うことになりました。その間の施設内の出来事や園生との関りを少しづつお話したいと思います。
まず、着任してすぐに感じたことは、福祉施設の職員は浮世離れしているということです。言い方を替えると、「とにかくトロい!」。フリーのミュージシャンとして活動(つまり、自分で仕事を獲り、ギャラを受け取り、スケジュールを調整し、暇になったらアルバイト探す)していた僕には、福祉施設の職員の「福祉ぼけ」した顔つきが我慢なりませんでした。だから、当初は随分もめたし、終いには「しかと攻撃」されるまで人間関係は悪化しました。まあ、園生との関りはとても幸せだったので、それはそれで良かったのですが、ある日、とんでもない事に気付きました。それは、音楽家と福祉施設職員とは、物事を進めるうえでの価値観が反対だ、ということです。音楽を演る時は、打ち合わせはやり過ぎると白けるから、その場の判断で緊張感を保ちつつ演奏するのを(まあ、仕事によりますけど)良いことと考えていましたが、施設ではすべては打ち合わせの上に成り立っているということです。つまり臨機応変は悪いこと(少なくとも僕の施設では)だったのです。ある音楽療法セミナーに参加したときに、講師(元ミュージシャン)にその話をすると、「全くその通り。俺だって、どれだけ戸惑ったことか」と、一瞬お互いの傷を舐めあってしまいました。そして、「なるほど、俺は職場で浮くはずだ」とやっと気付いたのでした。

さて、それから僕はどうしたかというと、「福祉の基本は臨機応変だ」を合言葉に職場の空気を変えることに全力を注いでいたのでした。だって、今更ミュージシャン気質を変えようにも変えられないもの、が、は、は。次回はもう少し真面目に書きます。これからもよろしくお願いします。