ホミニス便り2002年7月号


「スタートライン」
 これまで、学園祭の準備の時期はおおわらわでした。飾り付け、展示品の仕上げ、クッキー作り等々。クッキーの匂いによる嘔吐感に耐えながら、何のためにという不安と疑問に、たっぷりと首まで浸るのが毎年の恒例だったのです。
 そして今年は全てを捨てました。唯一、本来の目的である学習を公開することに、「特化」しました。この取り組みはこれからのホミニスを象徴していると思います。


「昴のように」 学園長 小堀俊二
 題名の昴は、実は星座ではありません。自動車メーカーの「スバル」なのです。スバルは、私が始めて所有した自動車のメーカーであると同時に、日本の中で、トヨタでもない日産でもない、かといってホンダとは方向性がまるで違う、「我が道を行く」的な会社です。
 独自のエンジン形式に拘り、スーパーの駐車場で近くを通ると、外観ではなく「音」でその存在に気付きます。勿論性能的にも素晴らしいのだと思うのですが、私はその技術者としての一途な拘りに美しさを感じます。
 ホミニス学園の「学び」に対する拘りを職員や来客に説明するときに、よくこの例えを私は使います。大規模な法人や施設では出来ない、1法人1施設、それも通所で定員20名という規模でしか出来ないこと。「聖書」と「ロジャース派心理学」を土台に「学ぶ意義」を問い続けている姿は、あたかもスバルの様だと思うからです。
 がむしゃらに追いかけた「学習指導」の姿は、結局は芸術的な創作活動であり、それを題材として形にするならば「エチュード(練習曲)」と全く変わりないということ。そして、究極的にはその授業を聴くも聴かないも本人次第であり、その意味から「路傍伝道」だとも思います。芸術と宗教。その指導者として真実を追い求め、それを相手がどうであろうと示し、語り、時に対話し続けること。これが私の仕事かなと、最近は考えています。
 正に星の数程ある社会福祉の主張の中に、ホミニス学園の学びに対する拘りが、流れ星ではなく、星座のように輝いて存在し続けることを祈り願います。

〜〜リレーエッセイ〜〜 「3か月目を迎えて」 生活指導員 竹田朝子
 私がホミニス学園で指導員として園生と共に学ぶ生活も、今月で3か月目を迎えようとしています。振り返ってみると、「密度が非常に濃い日々」でありました。毎日失敗も多く、自分に自信を失う事も多々あります。“社会とはこんなにも厳しいのものなのか”と、学生の頃よく他人事の様に聞き流していた言葉を思い出しては我が身に染みています。
 それと同時に学園長が度々おっしゃっていた「研修の厳しさ」も最近になってやっと分かってきました。その研修の中で、今まで自分が当たり前の様に思っていた考えが、次々と覆される事がたくさんあります。とても傲慢な言い方ですが、私は今まで“一般の人達よりは障害を持つ人に理解がある”と、思ってきました。しかし、私がこの言葉通りの人で、利用者を一人の人間として認めていたら、とても有り得ないような偏った考え、思い込みをしてきたことに気付きました。それは結果として利用者に迷惑を掛ける事につながってしまうのです。
 学園にいると時々、ショックに近いような発見があります。それを一番最初に体験したのがある時、利用者同士が話をしていて、一人の利用者が何かを訴えているけど、すぐ側にいた私はよーく耳を澄まして聞いていたにも関わらず全く聞き取れませんでした。でも相手の利用者はいとも簡単に「あ−…ね。分かったよ。」と相槌を打っていました。 どうして訴えている事が分かるのだろう?と色々考えたのですが、とにかく私は打ちのめされました。単純に凄いなと思ったのと同時に、利用者から学ぶというのはこういう事なのかと思いました。
 ただ、毎日の流れに身を任せるのでなく、自らの行動、言動を振り返り、自分が何をしてきたのか、何を学ぼうとしているのか常に「考える」事の必要性を痛感しています。

「ホミニスファミリー」
 上の写真は音楽の場面です。多くの利用者が輪になり、一緒に歌を歌っています。この写真を見て、表題の言葉が思いだされました。
 ホミニスを家族に例えたのは、一緒に生きる者同士であることは、仲が良くても悪くても、元気でも病気の時でも、お互いの関係性は変わらないという意味です。喧嘩をしたって兄弟は兄弟だし、親子も同様です。だから、ホミニスファミリーなのです。
 言わばこの絶対的な条件(言い換えるならば契約)を大切に受け止め、どうしたら生活が成立するのか、を考えていきたいのです。そうしなければ、他者を排除した方が合理的ということになるからです。
 昔の大家族では、育児はお爺ちゃんお婆ちゃんの仕事でした。でもすっかり家族構成は様変わりしました。この言葉には昔の大家族のイメージも重なっています。

質問コーナー 
Q ホミニス学園は何故園生にとって窮屈な環境になっていくのですか?(保護者Bさん)
A ずばり障害の重度化と、昨今叫ばれる施設の管理責任の明確化が主な原因です。事故を防ぐこと、即ち利用者本人の著しい不利益を防ぐためには、施錠や部屋の出入りの制限などがどうしても必要なのです。

今月の苦情 
保護者より下記の要望を頂きました。
*持参している着替えが施錠されている場所にあるため、善処を望む。
 要望通り、貴重品を除き、本人の手の届く場所に置くことで合意を得ました。それに伴い、他の利用者の手も届いてしまうことにも、承諾して頂きました。


*利用者とボランティアの間の、金品のやり取りについて、職員の介入を望む。
 当事者を中心にホームルームにて話しあい、金銭のやり取りは行わないことと、物品のやり取りは、「保護者が必ずしも望まないこと」等を共に話しあいました。
 ホミニス学園には、そのような利用者間、あるいはボランティアとの、金品のやり取りに関する支援の経験が、全くありません。今後の大きな課題であると、受け止めてると同時に、現状では解決には至っていません。申し出た保護者には、ホームルームで話しあったことのみを通知し了承を得ました。

〜〜苦情大歓迎〜〜
 ホミニス学園を利用していて、納得が行かなかったり、直接言いにくい要望があるときは、第三者委員または下記機関までご連絡下さい。
 今年度の第三者委員は、下記の通り、戸塚教会の尾毛牧師です。

・第三者委員
  日本キリスト教団戸塚教会
  尾毛佳靖子牧師 (045-881-3416)(受け付け、及び苦情報告受理)

・福祉サービス運営適正化委員会(045-317-2200)

・権利擁護センター「アシスト」(045-312-1121)


〜〜出張報告〜〜
セクシャルハラスメントのない快適な環境を作るために:指導員 竹田朝子
5月25日 午後1時30分〜3時30分
於:日本キリスト教団川崎教会

 先日、セクシャルハラスメントについての勉強会に行ってきました。
 ディスカッションを通して分かった事が幾つかあります。セクハラが起こる仕組みとして、主に男性側、つまり加害者側の社会的な地位を利用して、被害者側の弱みに付け込むといった特徴があります。例として、大学内における教員と生徒の間に成績の評価、試験の合否、就職の斡旋など、教員の権限を盾にそういった事実です。
 「社会的地位」「力関係」「上下関係」が大きく関係していることから“男は女に従うべき”といった昔ながらの差別的な「先入観」が働いている事から障害者に於ける差別と酷似している事に気付かされました。
 普段から私たちの無意識の中に潜んでいる「女性だから…」「男性だから…」「障害者だから…」といった思い込みが偏見につながり、果てにはその人自身の権利を侵害するまでに至ってしまうのです。
 「私は差別される立場ではないから関係ない」という姿勢では差別意識を容認している事になってしまいます。まずはこのような問題が存在する事に目を向けていって、一人一人が関心を持っていく必要性を感じました。


聖書における癒しとは
〜〜5タラントの会報告〜〜 指導員 竹田朝子
 「聖書における癒しとは?」をテーマに私自身が普段考えていることを発題させて頂きました。新約聖書のヨハネによる福音書の9章にイエス・キリストが“生まれつきの盲人を癒した”という箇所があります。それについて、弟子が「この人が目が見えないのは誰かが罪を犯したからですか?」と聞きました。イエスは答えました。「誰が罪を犯したからでもなく、神の業がこの人に現れるためである」と。そこで、“神の業”という言葉にスポットを当てました。人それぞれこの言葉が持つ意味には様々な解釈の仕方がある思いますが、“神の業”とは神に「癒される」ことであり、癒される事によって神様という存在や、大きな愛があることを知ってもらうために人々に施した「計画」なのでは?と私は考えます。
 人間が日々生きていく上で様々な悩みや困難にぶつかる時があります。時には孤独感に苛まれ、自分を必要のない人間に思ってしまう時もあります。そのような深い闇の中で救いを求める事を通して、初めて「神」という存在を知るのではないでしょうか。だから、生きていく上での「痛み」を感じなければ知り得ることのない神との「出会い」は誰にでも平等に用意されているものだと私は思います。

沖縄の報道を通して 
〜〜5タラントの会報告その2〜〜 学園長 小堀俊二
 本土への「復帰」30年の今年5月。新聞には関連する多くの記事が掲載されました。その中から私が着眼したのは「沖縄の自らの選択を問い直す」視点です。
 日本で唯一地上戦が行われ、在日米軍の75%が集中する沖縄。ある人は子どもの頃(占領下)にはアメリカの豊かさにあこがれ、徐々に占領の悲惨さに気づき本土への返還「平和憲法」へのあこがれを抱きます。返還後も、沖縄では自らの文化を捨て本土化することを盲信し、学校では方言を使うと罰せられるようになりました。
 そして今沖縄の方々自らが訴えるのは、自分たちの文化を取り戻すこと、自分たちの異存的であった姿を振り返ることです。私たちはその当事者の訴えを真摯に傾聴しなければならないと思います。
 さて、これら一連の流れは障害福祉の問題と重なる部分はないでしょうか。障害者はもちろんすべての人は独自の文化を有しているにもかかわらず、社会への適合を盲信してきました。そしてそれを学者、医者、専門家たちは推奨し続けてきたのです。また、社会との折り合いをつけるのに、社会に役立つこと、言い換えると経済効果を生む事を疑いもなく目指してこなかったでしょうか。
 役立つから認められる、こんな条件付きの認めあいは止めましょう。今私たちが目指すことは、社会が一体化することではなく、多様性を認め合う価値観の形成ではないでしょうか。

 5タラントの会は、ホミニス学園の職員が中心となっている社会福祉に関するキリスト教主義の勉強会です。障害を持たれた方への制度の枠を超えた支援提供、また共に学んで行く場、自由な懇談の場として活動しています。福祉相談等も大歓迎です。勿論、全て無料です。お気軽にお問い合わせ下さい。


7月の予定
1日 体重測定
10日 防災訓練
11日 陶芸&バイキング大会

8月の予定
1日 体重測定
9日 1学期終業式
10〜18日 夏休み
19日 2学期始業式
21日 防災訓練
28日 誕生会

 7月11日は、午前には保護者の方々と陶芸を行い、昼食をバイキング形式で摂ります。どなたでも是非ご参加下さい。また汚れても良い服装で参加して下さい。
 来園に際しては以下の事にご注意下さい。
・異性のトイレや更衣室などの立ち入りはご遠慮下さい。
・また、学園で知りえた事がらは、外部に漏らさないで下さい。
・私語はひかえて下さい。


7月の歌 賛美歌121番

馬槽の中に 産声あげ

木工の家に 人となりて

貧しき憂い 生くる悩み

つぶさになめし この人を見よ


5タラントの会より
 5タラントの会(旧ボランティアグループ)では、6月29日に勉強会を行います。今回の発表は吉永暁子主任指導員と小堀学園長です。どなたでも参加できます。また、職員との懇談の時も持ちましょう。
 場所:ホミニス学園
 時間:10時から12時
 持ち物:特にありません。
〜学園祭のアンケートより〜
 5月18日の学園祭では、ご来園ありがとうございました。アンケートの中から、幾つかをご紹介します。
・今の時代に、こんなにも時間がゆっくり流れているところがあったのかと、ほっとしました。
・学習の時に、無理強いすることない接し方に利用者が応じていて、愛情が感じられた。
・「誰も乗り遅れないバス」のネーミングに感動しました。
・来客用の椅子が必要だったと思います。(疲れて帰られた方がいた)
・スピリチュアルで不思議な演奏でした。多くの人に知ってもらいたいです。


編集後記
 学園祭が終わりました。ほっとしながらも、すでに学習のスタイルが変わりつつあるなと感じています。無言語であることや創造的であることが、より際立ってきたと思うのです。(小堀)


発行:社会福祉法人ホミニス会ホミニス学園
電話 0467-53-2980 ファックス 0467-52-4160

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