ホミニス便り2002年12月号



「本人しか分からない痛み」 学園長 小堀俊二

 先日、学園の近くの道路の舗装工事がありました。送迎バスの出入りの区間であり、学事にもかなり影響がありましたが、それ以上に驚いたのは、私達への心理的影響です。
 その道路は私たちの法人が所有する土地なのですが、一端工事が始まれば主導権は工事の業者に移り、「出来るだけ通行は控えて欲しい」と苦情を受ける有り様でした。そして、私達は、何とも形容しがたい「閉塞感」を味わいました。
 ただ、この成り行きを外部の人が見たならば、「それ程の問題ではない」と感じるのではないでしょうか。何故なら、ちゃんと頼むなら通行可能であるし、あくまで期間は限られていることだからです。しかし、こちらから見ると、「頼まなくては通行できない」、地主にも関らず通れないことは「期間の問題」ではない、となるのです。
 私達は利用者の方々と生活する中で、客観的な事実を中心に理解しようとします。しかし、これまでお話ししたような、主観的な痛み、に関ろうとする時には、客観的な事実は、全く無力です。
 多くの場合、否、全ての援助者は利用者と同じ主観を持つことは不可能です。何故ならこれまでの生活体験、感じ方の個別性、その日の感情や関心事のあり方等々、つまり別人格だからです。それを踏まえた上で、私達は相手を理解するのではなく、相手の困ってしまった事に心を向け続けること、その様な私達であり続けることに拘ります。
 しかし、日々利用者の方々と接している時に、理解とは違うのですが、「周波数が合う」瞬間があるのです。その時の感触は説明しずらいのですが、まるで「相手と同じ場所に立ち、同じ景色を見ているような」感触を覚える時があります。
 本人しか分からないことは認めつつも、共にその痛みを味わうことは可能ではないかも思います。


〜〜リレーエッセイ〜〜
「感じること」主任指導員:吉永 暁子

 ネガティブな気持ち、ポジティブな気持ちは、誰にでもある感情です。人は、この感情と共に生きています。特にネガティブな気持ちは、自分自身を翻弄していると思います。そして、非常に苦しみを覚えます。
 対人援助職に就き、援助者として悩み苦しんでいる利用者の方々の叫びに耳を傾けています。その方々を通して、援助とは何かと多くのことを学びます。
 しかし、その学びをしながら、私は自分自身を嘆く事が多いのです。これじゃ駄目だ。もっと、話を聴かなくてはと。利用者の方々に教えて貰っているのに、その教えを無駄にするかの様に、自分自身を攻め立てます。
 これは、間違いですよね。私に身も持って教えてくれている方が、何時自分を攻めろと言ったのか。学びとは、後ろに向くのではなく、前に向くものなのですよね。今更ながら、この間違いに気付いてきました。振り返りは、重要です。その振り返りを今まで無駄にしてきました。利用者の皆さん、教えてくれているのに申し訳ありません。そして、何時も支えてくれありがとうございます。


〜〜リスクマネジメント研究 5〜〜
私たちの願い

 ここまで、時として利用者の暴力は、被害者の「集団に対する暴力」により必然的に行われており、また、施設に通所することが、(ホミニスの場合)その劣悪な環境により暴力の可能性を助長しているというお話をしました。そして私たちは、加害者となる利用者が暴力を「振るわざるを得ない」ストレスを受けていることに気付くことからスタートしました。
 カウンセリングが成立する条件の一つである「無条件の受容」を、ホミニス学園では真正面から実施し、反社会的行動に対して「集団の快適性の水準を落とすこと」つまり、我慢や受け止め方の工夫により、暴力を受け続けました。「笑ってしまえば勝ち」を合言葉に、相手の言動を好意的に受け止めること、肯定的に受け止めることによりグループ活動を推進する力になりうること、に重きを置きました。この背景には、障害という概念に対する挑戦がありました。つまり、個々の特性を単純に否定的な方向性だけをもって受け止めたくなかったのです。(続く)




質問コーナー 

Q 誰でもボランティアは出来ますか?(ボランティアgさん)

A ホミニス学園では、施設利用者をボランティアとして受け入れるという試みをしています。一人ひとりの利用者に本当に支援が必要なのか、障害があるというだけで施設に通わされていないか、をしっかりと見極め、施設が「生活環境を提供する」のみで本人の生活が成り立ち、その生活を本人が望むならば、積極的に卒業、そしてボランティアとしての通所に切り替えるようにしています。
 多くの場合、施設を卒業した利用者は就労支援へとレールが敷かれがちですが、私達は、通所する程は「税金を使わない」けれど、「自分で稼ぐこともしない」という生活スタイルを肯定的に考えています。
 経済効果を上げることだけが人間の価値ではありませんし、就労が実現しそれを継続するには、本人にも、援助者にも大変な負担がかかります。むしろ、あるがままの姿で受け入れてもらえる様な生活の場が、地域に必要であると思います。
 したがって、ボランティアという名称の私達の理解は、「労働力を提供するのではなく、一緒に生活し学んでいくこと」となり、回答としては誰でも可能であるという事になるのです。





〜〜授業の役割〜〜

 毎日の授業は利用者へ提供されるものであることは勿論なのですが、もう一つ、職員への研修の意味もあります。
 共に学びながら、理念や方法論、そして実技を習得します。上の写真は言わば「実技研修」となるでしょうか。


今月の苦情 

利用者の方から以下の要望を戴きました。
*蛇口がなくて、歯を磨けない。

*ホミニス学園の水道は飲料水の基準を満たしていません。その為、普段は蛇口を外して(利用者が飲まないためと、水浴びをする利用者がいるためでもあります)あります。
 出来るだけ利用者に迷惑のかからない方法で管理していますが、職員のその時々の配置によってはある程度の不便をかけています。
 今回は、その訴えに対して、職員の態度に問題があることを学園長により指摘されました。利用者に謝罪すると共に、担当者に職員としての反省を課しました。

〜〜苦情大歓迎〜〜

 施設を利用していて疑問に思うこと、要望などお気軽にお話し下さい。また、苦情、要望など、直接申し出難い場合は、以下の窓口を御利用下さい。

・第三者委員
  日本キリスト教団戸塚教会
  尾毛佳靖子牧師 (045-881-3416)(受け付け、及び苦情報告受理)

・福祉サービス運営適正化委員会(045-317-2200)

・権利擁護センター「アシスト」(045-312-1121)


〜〜〜5タラントの会報告〜〜〜

傲慢について 吉永暁子

 以前の5タラントの会の中で、「傲慢」という言葉が私の心にずっと残っていました。傲慢とは、一体どういう意味なのだろうか。その気係りを今回の5タラントの会で発題しました。
 傲慢について、マザ−・テレサは語っています。
『傲慢さは、全て壊してしましいます。イエスのように生きる秘訣は、心の柔和で謙遜な人になることです。』
『もしも私たちが謙遜するならば、ほめられようと、けなされようと、私たちは気にしません。もし誰かが非難しても、がっかりすることはありません。反対に誰がほめてくれたとしても、それで自分が偉くなったように思うこともありません。』
 また、傲慢という言葉を辞書で調べると、「思い上がっていること。人を見下して礼を欠くこと。また、そのさま。」などと表記されていました。まるで私の事がそこに写し出されているかの様でした。これでは駄目だと、自分自身を律し、マザ−の言う様にならなくてはと思いました。
 しかし、会の中でその話をすると、「そうではない」と参加者の方に指摘を受けました。マザ−を崇拝してしまうのは、本末転倒だと。マザ−自身が、神に用いられいるからこそなのだと私の解釈の間違いを指摘して頂いたのです。きっと、この会を通してでなければ、気付かなかったと思います。そして、この時、神がとても近くにそして、傍らで見ていてくれたのだと思います。  最後に、このマザ−祈りの言葉をもって終わらせていただきます。私自身の思いを乗せて。
『主よ、私は思いこんでいました。私の心が愛に漲っていると。でも心に手を当ててみて、本音にきづかされました。私が愛したのは、他人ではなく、他人の中の自分を愛していた事実に。主よ、私が自分自身から解放されますように。』



我と汝の関係  学園長 小堀俊二

 今回の発題は、マルチンブーバーの「孤独と愛」(創文社)という本から、冒頭の我と汝という関係について書かれている個所、そして、カールロジャースの「人間尊重の心理学」(創元社)から、カウンセリングが成立する要素に関する個所から学びました。
 ブーバーは、人は単独で存在するのではなく、物や人と対面した状態であり、「汝」あるいは「それ」と向き合うかで、根源的に存在の意味が違うと書きました。私達は施設職員として利用者と「人間対人間」の関係を築くことを目指しています。では、利用者を物のようにではなく、一人の人として向き合うためには具体的にどうしたら良いのでしょうか。
 私達はその答えをロジャースの言うカウンセリングの3要素「受容」「共感」「一致」を元に考えました。相手のありのままを受け入れ、積極的な関心、共感を示し、カウンセラー自らがそのような存在であること、また自分自身の心をも気付き受け入れていること。これらの条件は、あらゆる人間関係、即ち上司と部下、教師と生徒、親と子等にも共通する条件です。
 話しは少しづれますが、この勉強会が終わってから、参加者の一人から「受容的な雰囲気」を感じたという感想を聴きました。それぞれの参加者の意見に率直に耳を傾け、とても落ち着いた気持ちで、何でも受け入れられそうだったとの事でした。私はこの感想に非常に興味を持ちました。何故ならば、前記のカウンセリングの条件と同義であると思うからです。その様な意図が全く無かった訳ではないにしろ、娯楽でもスポーツでも音楽でもなく、学びの場でその感覚を覚えたという報告により、私達ホミニス学園の「学びの場面を通して人間関係を深めていく」という理念を、つよく後押しされるような気持ちを覚えました。
 無論、利用者の方々にもこのような実感を覚えて欲しいと願い、日々の学習課題を考えていきたいと思いますが、何より、単に援助技術の提供という枠ではなく、同じ時代、同じ土地に生れた者同士としてどう関りあうべきか。それをこれからも深めていきたいと思います。


5タラントの会

 キリスト教主義の勉強会、懇談会を毎月最終土曜日に行っています。場所はホミニス学園、時間は10時からです。どなたでも参加できますのでお気軽にどうぞ。


12月の予定

2日 体重測定
11日 防災訓練、歯科検診
19日 クリスマス会
25日 2学期終業式(半日)
26日〜1月8日 冬休み
1月9日 3学期始業式

*クリスマス会はどなたでも参加できます。音楽によりイエスキリストの御降誕を祝います。お気軽に御来園下さい。時間は午後1時からで


1月の予定

9日 3学期始業式(半日)
15日 防災訓練
23日 バス旅行
30日 誕生会

*冬休みに利用者の預かりが必要な時など、気軽に御相談下さい。5タラントの会で対応致します。



12月の歌 賛美歌121番

まぶねのなかに うぶごえあげ

たくみのうえに ひととなりて

まずしきうれい いくるなやみ

つぶさになめし このひとをみよ





編集後記

 半年に一度の職員全体研修のディスカッションを見ていて、ホミニス学園の職員がとても真剣に利用者のことを思っていることに、喜びを感じました。一人ひとりの思いをサポートし適切な方向に導く責務をあらためて感じました。(小堀)


発行:社会福祉法人ホミニス会ホミニス学園
電話 0467-53-2980 ファックス 0467-52-4160

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