
壇ノ浦で平家を滅ぼして凱旋し、京都の後白河上皇からも眼をかけられている源義経。源氏の頭領たる頼朝からは、人気実力ともに大きく、また他勢力からも利用されやすい義経の存在は頼りになる弟であると同時に潜在的な最大の敵でもあった。謀反人として追われる身となった義経は、山伏姿となった弁慶たち数人の家来とともに、その荷物持ちの強力に変装して、幼少時から世話になっていた奥州の藤原秀衡のもとをたよって陸奥国(東北地方)へと落ちのびていく。
加賀国(石川県)安宅の関には、すでに義経一行が山伏姿となっているという情報が入っていて、彼らはその網にかかってしまう。
東大寺再建の寄付を募っているものだ、と名乗る弁慶に、関所を守る富樫左衛門は、それならば寄付の趣旨を書いた勧進帳を持っているはずだ、と迫る。
弁慶は、とっさに荷物入れの笈の中から適当な巻物を取り出して、即興でそれらしいせりふを読み上げてしまう。さらに本物の山伏であるかを確かめる質問をなげかけるが、弁慶はそれらにみごと答えていく。
富樫は、寄付を与えて一行の通行を許そうとするが、荷物持ちの強力が手配の義経らしいと呼び止める。
こうなったら腕ずくで切り抜けようとはやる仲間をおさえて、わずかな荷物でよろよろするからやさ男の義経に間違われるのだ、と強力姿の義経をさんざんにたたく。
そうまでして義経を助けようとする弁慶の苦心を察した富樫は、義経一行と知りつつ、彼らの通行を許す。
関を抜けて山陰で休息をとった一行は、弁慶の機転をほめるが、弁慶は主君をたたいたことを心から詫び、義経の現在の境遇を嘆く。
そこへ再びあらわれた富樫が酒をふるまって、弁慶はこころよくその盃を受けて延年の舞を舞い、先に一行を出発させておいてから、自分もとぶようにあとを追うのだった。

富樫:勧進帳聴聞の上は、些かも疑いあるべからず。さりながら、事のついでに問い申さん。世に仏徒の姿さまざまあり。中に山伏は、厳めしき姿にて仏門修行も訝しし、これにもいわれあるやいかに。
弁慶:その由来いと易し。それ修験の法と云っぱ、胎蔵金剛の両部を旨とし、険山悪所を踏みひらき、世に害をなす悪獣毒蛇を退治して、現世愛民の慈愍を垂れ、或いは難行苦行の功を積み、悪霊亡魂を成仏得脱させ、日月清明、天下太平の祈祷を修す。かるが故に、内には慈悲の徳を納め、表は降魔の相をあらわし、悪鬼外道を威伏せり。これ神仏の両部にして、百八に数珠に仏道の利益をあらわす。
富樫:そもそも九字の真言とは、如何なる義にや、事のついでに問い申すさん。さゝ、なんと、なんと。
弁慶:九字は大事の神秘にして、語り難き事なれども疑念の晴らさんその為に説き聞かせ申すべし。それ九字の真言と云っぱ、いわゆる臨兵闘者皆陳列在前の九字なり。将に切らんとする時正しく立って歯を叩く事三十六度。右の大指を以ってまず四縦を描き、後に五横を描く。その時、急々如律令と呪する時はあらゆる五陰鬼煩悩鬼、まッた、悪魔(あっき)外道死霊生霊たちどころに滅ぶる事、霜に熱湯を注ぐが如く実に元品の無明を切る大利剣、莫耶の剣も何ぞ如かん。まだ、このほかにも修験道の道、疑いあらば尋ねに応じて答え申さん。その徳広大無量なり。肝に彫りつけ人にな語りそ、あなかしこ、あなかしこ。大日本の神祇諸仏諸菩薩も照覧あれ、百拝稽首かしこみかしこみ、謹んで申すと云々、かくのとおり。
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